「誰にも喋ったこと無いんですけどね」

Oさんはそう言うと、ゆっくり話しだした。

小学校の頃、Oさんが学校に遅刻したことがあったという。
その理由は結局Oさんは先生にもご両親にも話さなかったのだという。
子供心に何か変だと思っていたからだ。
変だと気付いてしまったOさんは、怖くて先生も両親にも話せなかったのだ。

ランドセルを背負ったOさんは、普段通りに家を出て学校へ向かった。
周りには同じ学校に行く生徒が何人もいるはずの時間にも関わらず、その日に限って誰もいない。

「周りに知ってる子供がいないんですよ。そしたら、今日はお休みかな?って思うじゃないですか」

不安になりながら通学路を歩いていると、「こっちだよ」と声がしたという。

そちらを見ると、自分と同じくらいの少年がいて、おいでおいでをしている。
記憶にない子供だったが、今まで誰もいない道を歩いて来たOさんはちょっと安堵した。

「え、なに?」

「こっちにみんな集まってるんだよ、知らないの?」

「知らないよ?」

「なんだぁ、早くおいでよ」

そういうと、通学路の道から路地に入っていく。
普段から寄り道などはしないOさんは、不安になりながら、少年の後をついて行った。
角をいくつか曲がると、普段見たことのないドブ川に出た。
道はそこで終わっていた。
川は大人が両手を広げたくらいの幅で、1メートルおきに、コンクリで出来た橋のようなものが渡されていた。
少年はそのコンクリに乗り、「ここから行くんだよ」と言うと、次のコンクリに飛び移った。

「できないよぅ」

Oさんがぐずっていると、「大丈夫。ほらっ」

少年が何度も2本のコンクリの間を往復して手本を見せる。
Oさんはそれを見て、最初のコンクリに立ち、次のコンクリに飛び移った。

「できた、できた」

少年はOさんに向かって言うと、次のコンクリに飛び移った。
Oさんはそれについていく。
いくつコンクリを渡っただろうか。
Oさんは凄く不安になった。

「どこにみんないるの?」

「もうすぐだよ」

「もう学校はじまっちゃう」

「もうすぐ着くよ」

少年が、とんとんとんと連続して飛んだ。
あっ待って!
そして、Oさんは次のコンクリを踏み外した。
踏み外したとたん、もうだめだっと思ったという。
しかし衝撃があったが水の感触が無い。
目を開けると余り見覚えのない場所だった。

え?

見回してみると、それは学校の裏にある貯水池だった。
普段から先生や両親に、近寄ってはいけないと普段から言われていた貯水池のすぐ横で、Oさんは転んでいたのだ。
Oさんは泣きながら学校へ駆け込んだ。
もう学校は始まっていた。
遅刻だった。
先生は目を丸くして驚いたが、遅刻の理由を何度尋ねられても、Oさんは言わなかった。

「あの時、踏み外さなかったら、私はここにいなかったんでしょうね」

Oさんにとって一番怖かったのは、踏み外した瞬間に、少年がものすごい形相で怒っていたことだという。