A県の山奥に住んでいた、ある一家に起きた話。
もうだいぶ前の話で、当時はまだ薪拾いなんかが普通に行われてたんだな。
その家の主も山に入って色々作業してる人だった。
ある日いつもと同じように山に入ろうと川縁を上ってたら道端に大きな白い蛇がいたんだと。

そのおじさんは毎日ここで仕事してるわけで、次に遭ったときに草むらで突然噛まれたりしたら嫌だなあと思った。
これから山に入るところだから手元には熊手や鉈やら・・・道具は揃ってる・・・いっそ殺してしまえ!と襲い掛かった。
しかし、大きな蛇だし毒を持ってるかも分からない、噛まれるのは怖い。
もうひたすらに頭を狙って叩いた、おじさんも必死だった。
蛇も突然襲われてびっくりしたんだろう、逃げ時を失った。
やり返すことも出来ず頭から血を流して、体いっぱい砂に塗れながら全身でのたうってる。
可哀想だけどもう殺すしかないんだ、早く死んでくれ死んでくれ、叩き続けた。

そうこうしてる内に叩いても反応しなくなった、蛇が大人しくなった。
あー、ようやく死んだんだなと・・・嘆息した。
蛇とはいえ殺生したんで、やっぱり気分は良くない。
なんかこのまま蛇の死骸を道に置いていくのは後ろめたいっていうか・・・。
ちょうど横には川が流れてる、そこに死骸を蹴り出して捨てることにした。
ゴム長の横でズズズと擦るようにして川に落としてやった。
すると、もう死んだと思ってた蛇が水面をサーッと滑るようにして逃げていったんだと。
おじさんは一瞬ゾーッとしたが、これで二度とこの辺には近づかないだろうし、無益な殺生も避けられたんで、まあ良かったんじゃないかと思うことにした。
それからしばらく何事もなく過ごしてたんだ。

おじさんが住んでるところは前述したとおりの山奥で温泉が湧き出る結構有名な湯治場があるんだ。
まあ田舎のことだし楽しみも少ない、毎日の山仕事で体も疲れる。
そうすると自然に、温泉でちょっとリラックスしようかってなり、その日も湯に浸かりにいった。

湯に入ると先客が一人いた。
湯気の向こうに、頭に手拭乗せて浸かってる男の姿が見える。
近所では見かけない風体で、きっと湯治客なんだろうと思った。
せいぜい10畳程度の大きさの湯船で、押し黙ってるのも不自然だし、何より暇だし特にすることもないんで話かけた。

その男、やっぱり湯治客だった。
話を聞くと山で災難にあって打ち身・擦り傷が出来たんだという。
頭にも傷を負ってこの有様だと指差した。
さっきは手拭を乗せてるものとばかり思ってたんだが、よく見ると頭にまるで包帯のように、白い布を巻いて結わいてた。
禿げ上がってるのか髪が全く見えない、頭のてっぺんまで生白い。
その姿がまるで・・・なんか肌が粟立つような、嫌な予感がした。
うわーと思ったけど、もう気になってどうしようもなくて思い切って、一体どんな災難に?と聞いたら「人に叩かれた」という。
そこで思い至った・・・男の話、あの時の蛇の件にそっくり。
おじさん薄気味悪くなったけども、偶然だろうと必死で自分に言い聞かせた。
で湯を出て一目散に家に帰った。

で結局何も無かったんだよな、そのおじさんの身には・・・。
それからしばらくたって、その家の不幸が始まった。
おじさんには娘が一人いが、その娘さんの髪がどんどん抜けて代わりに鱗が生えてきたっていうんだな。
学校にも頭に手拭巻いて通ってたという話だ。

おじさんが「娘。がああなったのは俺のせいだ」と、その因縁めいた話を方々でしてた。
蛇の生殺しは禁忌だと。
絶対最後まで手を抜いちゃいけないんだと。
怪談?と教訓がごっちゃになってこの話は近所に広まっていった。
なんでこんな話をしたかというと、ニュース番組で体に鱗が出来る病気の特集があったんだけど、それ見てるときに母が「そうそう、ちょうどこんな感じだったのよ、あの娘さん」って。
それで思い出したんだ、この話。