GがNと知り合ったのは、ある企業に入社したばかりの新人研修の時だった。

初めて顔を合わせたのは研修初日。
Gがトイレに入ると、洗面台の前でNが立ち尽くしていた。
Nは強張った表情で振り向き、Gに話し掛けてきた。

「あの・・・・・・すいません・・・・・・」
「何ですか?」

どうしたのだろう、と思いながら聞き返すと、Nは弱冠震えた声で、Gに尋ねた。

「僕の顔、鼠に似ていませんか」
別にふざけている様子はない。
むしろ真剣な眼差しにGはたじろいだ。
そんな事はないと伝えると、「そうですか」と、安堵した表情でNはその場を去った。

その後、Nと二人きりで話す機会があった。
たまたま食堂で相席になった二人は、自分達の出身地の話題を交した。

Nは長野県出身で、実家はその地方では有名な神社だった。
満天の星空が見れる様な山奥にあり、狐憑きや妖怪などの不思議な伝説が、まだまだたくさん残っているという。
そんな環境の中でNは育った。

先日の事が気になっていたGは、ついでにと、その事を質問してみた。
始め、Nは話そうか迷っているみたいだったが、やがてポツポツと語り始めた。

小学三年の頃。
Nが洗面所で鏡を見ていたら、自分の顔が鼠に見えたらしい。
驚いたNは、父親を鏡の前に連れてきた。
しかし、鏡には普段通りの顔が映っているだけだった。
Nは父親に、本当に鼠に見えたのだと主張した。
父親に疑っている様子はない。
真剣な顔で父親は、Nにこう聞いてきた。

「お前、鼠を殺したりしなかったか?」

Nには心当たりがあった。
数日前、藁の中に鼠の巣があるのを見つけ、悪戯心で火を付けたのだ。

翌日の早朝。
父親にお祓いをしてもらった後、二度と遊びで生き物を殺すなと、厳しく叱られた。
それ以後、自分の顔が鼠に見える事はなくなった。

しかし、社員研修の初日。
Gに話し掛けてきた日に、再びその現象が起こったのだ。
トイレで鏡を見たら、自分の顔が鼠に見えたという。

見ている内に、鼠の像は次第に消えていった。
しかし、顔の所々に残っている気がするのだ。
髭が鼠の様だったり、目の隅が獣めいたり。

「まだ、祟りは終わってないんでしょうか・・・・・・」

苦笑いしながら、そう締め括ったNの顔を、Gは思わず覗き込んだ。

目の前にあるNの顔は、本当のNの顔ではないのかもしれない。
Gはそう考えていた。