私には4年ほど前から付き合っている3歳年上の彼氏がいます。
彼には独特で変わった趣味が在り、時折その趣味の存在が私の恋心を萎えさせてしまうことがあります。

彼の趣味とはオカルトです。
彼は幼少の頃から霊の存在を認識しており、研究して来たと言います。
私も子供の頃は心霊関係のテレビ番組を見たりはしましたが、ああいう物はテレビの中の世界であって現実に持ち出すような物ではないと思っていました。
でも彼はオカルト的なことを普段は話しません。
言わなければ、彼の趣味がオカルトだなんて誰も判らないと思います。
一部を除けば、彼は至って普通の青年でした。

そんな彼と私はGWの連休を利用し、私の実家へ遊びに行きました。
実家には母と高校2年生の妹、美緒子(仮名)がいます。
父は15年前に病気で他界しているので居ません。
彼と私の家族は今までも何度か対面していて既に知った仲です。
実家の居間で私と彼、そして母の三人で談笑していると妹の美緒子が外出から帰って来ました。

「おかえり」

私がそう言うと美緒子は顔も合わせずに、そのまま自室へ行ってしまいました。

美緒子に会うのは正月連休以来でしたが、以前とは全く雰囲気が違いました。

「美緒子、様子が変だけど、なんかあったの?」

そう母に問掛けると母の顔まで暗い表情になりました。
母は重い口調で美緒子に何があったのかを語りました。

それは、この日から3週間ほど前のことです。
美緒子の友人の女の子が自殺し、この世を去ってしまったのです。
しかも美緒子が遺体の第一発見者でした。
死因は首吊り自殺に依るものだそうです。
美緒子は友人の自殺にショックを受け、塞ぎ込んでしまいました。
自殺の動機は遺書などが見つかっておらず、判らないそうです。

「どうして、そのことを私にもっと早く言ってくれないの?」

私は少し強い口調で母に言いました。

妹が苦しんでいることを今の今まで知らなかったことが悔しく思えました。
しかし母は母なりに私に気遣ったようで、余計な心配をかけたくなかったそうです。
私がそれに対し、反論しようとすると彼が間を突いて、こう言いました。

「美緒ちゃんと話がしたいんだけど、良いかな?」

そう言うと返事を言う間もなく彼は立ち上がり、美緒子の部屋へと向かっていきました。
私や母の制止などお構いなしです。
私も彼の後を追いかけました。

すると彼はノックもせずに美緒子の部屋のドアを開け、一気に突入して行きました。
私は「ちょっ!おい!おま!おい!」と言いながら彼の後に続きます。
その瞬間、私の背筋は凍りつきました。
美緒子が剃刀を自らの喉に当てていたのです。

「美緒子!!」

私がそう叫ぶと同時に彼は美緒子の手を掴み、そのまま何も言わずにそっと美緒子の手から剃刀を取り上げました。

「大丈夫」

彼がそう言うと美緒子の目から涙が零れ落ちました。
声も上げず、ただ中空を見つめながら美緒子は呆然と泣いていました。

私は頭が混乱しました。

「何?なんなの?なんで?」

出る言葉はそればかりです。

「落ち着いて」

彼は私にそう言うと美緒子をベッドに座らせました。
私も腰が抜けて、その場に座り込んでしまいました。

彼は何も言わずに泣くだけの美緒子の目を凝視していました。
しばらくして彼は溜め息をつくと「大変だったね、美緒ちゃん。もう大丈夫だから」と言いました。
私は彼に「どういうこと?」と聞きました。
すると彼は「美緒ちゃんは誰かに呪われていた」と言いました。

私は一瞬、ふざけないで、と言いそうになりましたが、彼の真剣な表情に言葉を飲みました。
彼は美緒子が誰かに呪われていて、殺されかけていたと言います。
そして人を呪い殺すなど並大抵のことではなく、ここまで強い呪いは滅多に存在しないとも言いました。
私には俄かに信じ難いことでした。

彼は部屋の中に在った美緒子の鞄を手に取ると、そこから見覚えのある飾りを取り外しました。
それは以前、御守りだと言って彼が私の家族にプレゼントしてくれた物でした。

「こいつが役にたったな」

彼はそう言うと御守りに紐を通しそれを美緒子の首に掛けました。

「これでしばらくは大丈夫だ」

それから一晩、徹夜で彼と私は美緒子を見守りました。

翌朝、彼と私は美緒子を車に乗せ、彼のオカルト仲間の田所さん(仮名)の所へ向かいました。
彼は問題の解決を田所さんに託しました。
田所さんのマンションに入ると既に準備が整っていました。
彼が結界と言うそれは私の目には異様に映りました。
田所さんは美緒子を見るなり「こんな大物、どこで拾って来たんだ・・・」と言って怪訝な顔をしました。

そして田所さんが私に言ったことは、美緒子にかけられた呪いが非常に重いこと。
もし彼の御守りがなければ、とっくに美緒子は死んでいたこと。
彼の御守りは守護霊の力を増幅する物であり、美緒子の守護霊である私達の父が頑張ってくれたこと。
私は複雑な思いに駆られました。

その後、田所さんに美緒子を預け私と彼は外に出ました。
彼の知り合いだから疑ってはいないけれど、田所さんがどんな人なのか彼に聞くと「呪い返しの専門家」と彼は答えました。
美緒子にかけられた呪いを払うのではなく、倍にして返すのだと言います。

彼は低い声で「返された奴は死ぬだろうな」と呟きました。
続けて彼は言います。

「美緒ちゃんに呪いをかけた奴は美緒ちゃん以外にも呪いをかけている。その結果、その子は死んでしまったのだけれどその子の怨みも呪いをかけた奴に返すんだ。さすがに耐えられないだろ。因果応報だ」

彼の表情に揺らぎはありませんでした。

その後、美緒子は二度と自殺を試みるようなことは致しませんでした。
しかし、友人の自殺体を見てしまったことや自分が自殺しようとしたことの精神的ショックまで解消されたわけではなく、あれから2年が過ぎた今も美緒子は病院の精神科に通い続けています。

なぜ、美緒子が呪いを受けたのか。
美緒子は何も語ろうとしません。

田所さんや彼は理由を知っているのかもしれません。
しかし、私には聞けませんでした。
これ以上、足を踏み入れてはいけない気がしたんです。

あの日、美緒子が剃刀を握り自らの喉に当てていた、あの瞬間に私は美緒子の側に立つ何かを見ていたのです。
今もあれは錯覚であると信じたいのですが、思い出すと全身が震えてしまいます。