レンジャー訓練の時の話。

約二ヶ月の訓練期間の初めの頃、消灯後に同僚と話をしていました。

「明日の訓練もきついなぁ・・・」

「たまらんなあ・・・」

こんな話をとりとめもなくしていましたが、隣室の教官達に聞こえてはマズイと思い、そろそろ寝ようと床についたのでした。

その直後、部屋の外で「ゴトン」という大きな音が響きました。

それは、用水路にはめ込んである大きな石の蓋を踏んだ時の音でした。

「これはマズイ!」

教官に気付かれたか・・・と、様子をうかがっていると、ブーツの足音が・・・入り口のほうに向かっているようでした。

入口には自動販売機が置かれており、消灯後とはいえ相当明るかったので、すぐに教官の姿が見えるだろうと注意深く観察していたのですが、なぜか姿が見えません。

(おかしいなぁ、ガラス張りだから見えるはずなのに・・・)

ふと気付くと、いつのまにか扉の内側に誰か立っています。
しかし、下半身だけ。
戦闘服のズボンと半長靴(ブーツ)だけが入口に立っているのです。

私はその姿に見覚えがありました。
三年前に首吊り自殺をした先輩の姿にそっくり。
私物の化繊の戦闘服、修理もせずに磨り減った半長靴・・・。
まさに、あの先輩に間違いない。

恐怖で縮みあがっている私の方へ、その足だけの先輩は歩いてきました。

「ゴトン、ゴトン・・・」

8台並んであるベッドの横を、なんとも不気味な足音を響かせて、それは近づいてきました。
私のすぐ傍まで来た時、ふいにそれは消えました。
何事も無かったかのように・・・。

しかし、恐怖はまだ終わってなかったのです。
途端にすぐ傍で寝ていた学生長が、大きな呻き声をあげはじめたのです。

「うううぅーっ、うー、おおぉーっ、ふーっ、ふーっ」

今にも死にそうなうなされ方です。
只事ではない苦しみ方です。

(ああ・・・とりつかれたんだ・・・)

そう確信した私は、すぐに彼を起こしてあげました。
汗びっしょりで目覚めた彼は、開口一番にこう言いました。

「助けてぇ!い、いま、戦闘服の男に足を引っ張られて、どこかに連れてかれようとしたぁー」

私は「安心して、もう大丈夫だから」となだめてあげました。

彼は「なんで分かった?」って、聞いてきたので「うん、一部始終見てたから」と答えました。

その後は特に変わったことは起こりませんでしたが、先輩の墓参りは翌週に行ってきました。