中学校時代の友人の友人、市原さんが体験した話だ。

市原さんは中学生の頃、それまで住んでいた借家を引き払い、同市内母方の実家へ両親と共に引っ越したそうだ。
母方の実家は木造建ての旧家で、市原さんに割り当てられた部屋は二階の和室で、寝るときは押入れから布団を出して敷き、起きればその布団を押入れにしまっていた。
と、そこまでは普通なのだが、市原さんの部屋の押入れには、不可解な何かが潜んでいた。

市原さんがそれに気付いたのは引っ越して一週間ほどした頃だった。
その晩、押入れを開けて布団を出そうとした市原さんが布団に手をかけたところ、冷たい何かに手の甲が触れた。
触れたというより触られたという方が近い感触だった。

思わず市原さんは手を引っ込め、押入れの様子を外から窺うが、何かがあるような感じでもなく、気味悪く思った市原さんは布団の手前を引っ張って引きずり出した。

それから二三日が経ち、そんなことなど忘れた晩に、再びそれは現れた。
市原さんが布団を出そうと布団に手を回したその時、突然左手を何かに掴まれた。
酷く冷たいそれは明らかに人間の手に握られた感触だったという。
それが突然、ぐいっと押入れの中に市川さんの腕を引っ張り始めた。
驚いた市川さんが大声を出すと、すぐに隣の部屋にいた両親が市原さんの部屋に飛び込んできたという。

押入れに左手をつっこんだままの市川さんが泣きじゃくり、状況を訴えると、父親は市川さんの左腕を引っ張り、押入れから引き剥がそうとした。
だが市原さんの手を掴んだ腕の力は強く、父親が一緒に引っ張ったくらいでは離れてくれなかった。
焦った父親が押入れの布団を引っ張り出すと、同時に、市原さんを掴む力は消え失せ、市原さんは尻もちをついた。

その場で父親が押入れに入った全ての布団を出してみたが、手を掴むようなモノは一切出てこなかった、それどころか、押入れの中には隠れる場所などどこにもなく、逃げるにしても押入れの前には市原さんと両親がいたのだから逃げればわかるはずだ。
だが手を握られていたという証拠に、市原さんの手はすっかり色が変わってしまっていた。

翌朝、ずっとその家に住んでいる祖母にこの話をしてみたが、祖母もこの家で今まで何かが起こったことはないと首を捻った。
霊的な者のしわざだとすれば対処の仕方がわからなかった市原さんは、両親と部屋を換えてもらい、両親もその部屋の四隅に塩を盛って見た。

どう見ても素人の対処方法だが、不思議とそれから押入れで手が掴まれるという現象は起きなかったという。
押入れにいた者の正体、結局それは誰にもわからないままだ。