一昨年、会社の友達3人と東北に車で旅行に行った時の話です。
会社はソフトハウスで、とあるシステムの完成祝いでの旅行でした・・・。
※ソフトハウスとはソフトウェアを開発・販売する企業のこと。

閑散期だったので予約はせず行き当たりばったり。
最悪は車(エスティマ)の中で寝ましょうね、という小旅行。
かなりの山奥で●●荘という看板が目にとまり、今夜はここにしようということになりました。

到着すると、古い規模の小さな旅館でした。

私「ごめん下さい、予約していませんが泊めていただけますか?」

ご年配の女将「申し訳ありませんが、うちはご予約のお客様だけでございます」

田中「食事がなくても、泊まれるだけでもいいんですが、どうにか・・・」

村田「今当日予約ということで・・・ダメですか?」

女将「そういわれましても・・・」

私達「お願いします」

ごり押しして、離れの部屋で良ければということで、どうにか泊めてもらえることになりました。
部屋に通され、とりあえず座卓に座って一段落。
離れというのは本館に廊下1本でつながっている別館でした。

田中「離れって、何だろ、混んでいるのかな」

村田「若い女性客でもいるといいねぇ」

そんな話をしていましたが、少なくとも車は私達の1台だけで、ロビーも閑散とした雰囲気で静かでした。
二人は風呂に行くといい、私は一休みしてあとで一人でゆっくり入ることにしました。

私は畳の上に枕を出してすぐに寝入ってしまいましたが突然、体を揺すられて目が覚めました。
しかし、そこには誰もいません。

二人にからかわれるのもしゃくに障るので「お前ら何やってんだ」っとハッタリをかけたましたが反応はなく、シーン。

肩か背中を揺すられた生々しさだけは体感として残っていました。
妙な感覚でしたが、夢か何かか、さほど気にも止めず再び眠りにつきました。

ふと目が覚めた時、後ろに誰かがいるような気配を感じました。
奴らがまた脅かそうとしているのだろう、逆に脅かしてやろうと思い勢いをつけてバッと寝返りをうった時です。
私の目に飛び込んできたのは、顔面血だらけの女が両手をもがくようにガリガリしている姿でした。

私は「ぐうわぁぁぁぁ」と叫んだ時、その自分の声で目が覚めたのです。

回りを見ても誰もいません。
瞬間何がなんだかわからず、心臓がバクバクしながらも冷静になろうと上体を起こし息を整えました。

そしてまもなく二人が帰ってきたのですが、二人の表情がこわばっていて神妙です。
田中が「ここはやばいかもしれない、キャンセルしてここを出よう」といい、村田も無言で頷いています。

話を聞くと、二人が風呂に入った時、一人の男が湯船につかっていたそうです。
湯気で良く見えなかったそうですが、彼らは「失礼します」と挨拶しながら湯船につかり、雑談しながら旅の醍醐味を満喫していました。
かなり長湯していたそうですが、奥の男は俯き加減のまま身動き一つしなかったそうです。
聞いていて、私はついさっきのこともあり、恐怖な雰囲気になってきたので「ま、でも裸の幽霊というのも聞いたことないよね」とちゃかしましたが二人は笑いません。

彼らは湯を出て体を洗いはじめましたが、村田は長湯をしている男のことが気になっていたので、時折気づかれないようにチラチラと見ていたそうです。
良くは見えなかったものの、俯いていた男が突然顔を上げて、なんとなく目があったような気がしたそうです。

さりげなく目をそらし前を向いた時、自然と目に入った鏡に、じっと自分を見つめている男の顔が写っていたというのです。
横には田中がいます。村田は「うわっ」と悲鳴を上げてイスから転げ落ちました。
振り向いても誰もいません。
湯船にはまだ男がいます。
気の毒そうに笑う田中に、小声で今のことを話しましたが、まさか、みたいな感じで最初は信じられなかったそうです。

気を落ち着かせ、村田がまだ頭を洗っていた時、田中の方は洗い終えて、再び湯船へ向かいました。
その時「おいっ、さっきの人いないぞ」と田中の声が浴場に響き渡りました。
音も立てずに、二人に気づかれないように風呂から出られるわけがない。

二人の話というのはそこまででした。
特に村田が相当怖がっていましたが、私はごり押ししてせっかく泊めてもらったのに今更キャンセルもないだろうと思いました。
一応私が代表みたいな立場でしたし。

ですから「まぁ古い旅館だとそんなこともあるかもねぇ」みたいな感じで彼らに同調を見せながらも、今更・・・と話をしていた時、夕食が部屋に運ばれてきました。

賄いさんはまだ20台後半と思われる女性でした。
7時にお願いしていましたので、その時間だったと思います。

そんな流れから、私達は食事の誘惑にはかなわず、風呂の一件は棚上げとなりました。
食事をしながら、村田は懸命に恐怖を力説していましたが、話しているうちに落ち着いてきたのか、終いには楽しい夕食になっていました。
私は内心、さっきの自分の方がよほど怖かったぞと思いましたが、それを話すとまた帰るとか言い出しそうだったので、止めました。

夕食は地の山菜と川魚が主で、大変美味しかったです。
私はどうしようか迷いましたが、汗をかいていましたのでお風呂に入ることにしました。
今考えると馬鹿な奴だと思いますが、私は「信じない人」でした。

脱衣室の様子から、誰もいないことがわかりました。
貸し切りだなと思いましたが、戸を開ける時はさすがに少しびびりました。が、誰もいませんでした。

「そりゃそうだろぉ」と、私は誰はばかることなく大声を出して湯船へ向かい、貸し切りの湯を満喫していました。

両足をのばし、頭にタオル、目をつぶって放心状態でいた時です。
急に、誰かが私の足首をつかんだのです。
ヌルっとしたとても嫌な感触でした。

引っ張られたかどうかは覚えていませんが、私はパニックになり、両足であたりかまわず思い切り蹴りまくりました。
バタバタ暴れながら、とにかく湯船を出て上から見渡しましたが、そこには誰もいませんでした。

信じてもらえないかもしれませんが、こんな怖い思いをすれば叫びながら裸で浴場を飛び出ていきそうなものですが、恥ずかしい思いは時に恐怖心を上回るのか、私はとりあえず手短に体を洗い終え、さすがに湯船には入らず浴場を出ました。
鏡はできるだけ見ないようにして洗いましたが、半泣きでした。

部屋に戻ると布団がきれいに敷かれていて、二人は普通にくつろいでいたようでしたが、戻った私を見て何事もなかったか聞いてきました。

私は最初に起きたことと、今浴場で起きたことを二人に話しました。
仕事柄もありますが、私たちは今までの出来事を整理しました。(SEは論理的に物事を整理して考える癖みたいのがついているのです)

1.最初に私のからだをゆすった奴(夢の可能性あり)
2.血だらけの顔でもがいていた女(夢の可能性あり)
3.湯船につかっていた男(二人が見ている)
4.鏡に映っていた男(村田が目撃)
5.私の足をつかんだ手(男湯だから男?)
少なくとも複数の幽霊らしきものが立て続けに出没したことになります。

誰かに恨まれるようなことはないか、旅の途中変なことはなかったか、など私たちは話し合いましたが思い当たる節はありませんでした。
女将さんに相談することも考えましたが、あんまり失礼なこともできませんよね。
自分で言うのも何ですが、私たち3人は皆比較的穏やかな性格でした。
たぶん一番怖い思いをしたのは私だと思いますが、悪いことをしていなければ何も恐れることはない、という信念がありましたので、二人にそう言い聞かせて、とにかく一晩頑張ろうということになりました。
この時、私は幽霊というかそういうものの存在を少し信じるようになっていました。

ちなみにテレビはありましたが、離れのためか室内アンテナで映りが悪く見られません。
何か人工的なものがないと怖かったので、これも雑音がひどかったですが、ラジオをかけっぱなしにしていました。

気がつくと外は雨になっていました。
窓を打つ雨の音、時折聞こえるヒューという風の音。
普段はなんのことはない音ですが、こういう時は結構恐怖なもので、誰かが窓を叩いているような、そんな錯覚に陥りそうでした。

23時を過ぎ、私たちは電気を消してみな布団に入り、話すともなく話をしていました。
そのうち村田が会話に入ってこなくなりました。
たぶん寝入ったのでしょう。

私もいつの間にか睡魔に襲われて、うとうとしだしていた時、突然金縛りに遭ってしまいました。
それまで金縛りは幾度となく経験がありましたが、この時は格別に恐怖でした。
なぜなら初めて幻聴を聞いたのです。

「ぎゃぁーーー、ぎゃぁーーー」

体が動かず息もできない状態で恐ろしい女の声だけが繰り返されていました。
うまく表現できませんが、キャーではなく肉体を切り裂かれたときに出すような悲鳴でした。

金縛りは不思議なもので、その時は夢ではないと思っているのですが、ふと目が覚めるのです。
心臓はバクバク状態で、とにかく早く上体を起こさないと再び金縛りに入るのは過去の経験でわかっていましたので、頑張って状態を起こしました。

肩で息をしていたと思いますが、田中が異変に気がついてくれて電気をつけ私を気遣ってくれました。
私はまだ、金縛りがもたらした幻聴であって幽霊がどうのとかは断定はできないと思っていましたので、必要以上に怖がらすようなことはしませんでした。

その後もラジオから変な声が聞こえたり、色々あって結局寝付いたのは2時過ぎでしたが、そのあたりの経験は省きます。

以下は、翌日失礼のないように、女将さんから聞いた話です。
一昨年のちょうど今頃、中年の夫婦が3連泊の予定で泊まりに来たそうです。
特に不審な様子もなかったそうですが、二人は最後チェックアウトをした後に、旅館近くの小さな崖から飛び降り自殺を図ったそうです。
男性の方は即死でしたが、女性の方が亡くなったのは翌日でした。

女将さんの話では、二人の霊はこの旅館に居ついているのではなく、お客さんが連れてくるのではないかとのことでした。
感性の強い方のようで、お客さんが来た時、連れてきた場合はなんとなく予感がするそうで、最初私たちを断ったのもそのためだったとのことでした。
年に数回妙なことがあるそうで、どうしたものか、悩んでおられました。

私が一つだけ理解に苦しんだのは、私の足をつかんだ理由です。
恐らく湯の中に引きずり込もうとかではなく、何かを訴えたかったのではないかと考えています。
女将さんの話を聞いてそのように思いました。

私たちは野生の草花でしたが花束を作り、自殺したと思われる場所に置いて3人で手を合わせてその場を後にしました。

以上です。
駄文失礼しました。