昔、ある行商人の男がいた。
男は町から町へと薬を売り歩くことを生業としていた。
が、ある時山の中で道に迷ってしまい、日も暮れてしまった。
男が困り果てているとむこうに小さな明かりが見えた。

「今晩は、夜分に申し訳ありませんが道に迷ってしまったようで、一晩泊めていただけませんか」

男が戸の前で言うと、中から爺様が出てきてこう言った。

「それは難儀なことで。ささ、入ってください」

男が中に入ると婆様があいさつをした。

「さあ座ってください、何か出しますから」

男は精一杯の手厚いもてなしを受けた。
そして、腹いっぱいになると奥へと案内され、床に臥した。

少しばかり眠っただろうか、男は誰かが話をする声で目が覚めた。
どうやら隣の部屋かららしい。
男は襖の隙間から覗いてみた。

すると爺様と婆様が囲炉裏の前で話をしている。

「明日はどうするかのう」

「手討ちがいいじゃなかろうか」

「いや、半殺しもなかなかいける」

「どちらがよいか・・・」

男は恐怖で震え上がった。

「ここは鬼の棲家であったか」

男は急いで支度をして家を出ようとしたが爺様と婆様に見つかってしまった。

「こんな夜中にどこへ行きなさる」

男は観念してこう言った。

「いや、爺様と婆様が手討ちか半殺しかと話をするのを聞いてしまったので逃げようと思ったんじゃ・・・」

すると二人は顔を見合わせて大笑いした。
男があっ気に取られているのを見ると爺様はこう言った。

「すまんすまん、ここらへんでは蕎麦のことを手打ち、あんころ餅のことをはんごろし、と言うんじゃ。あんたの明日に出すご馳走は何がいいか話しとったんじゃ」

男もこれを聞いて自分の早とちりに大笑いした。
そして今度は安心して、もう一度眠りについた。

「爺様、うまいこと言ったのう、それでどうしようか・・・」