俺の地元は、都市三つを結ぶ街道沿いにある。
駅から住宅地を少し行ったところには小さい祠がある。
その祠は旧街道を結んでた村道の脇で、昔旅に出るときは集落の人間がお参りに行ってた。

江戸時代の話だ。
ある商家の手代が、金を抱えて帰路を急いでいた。
※『手代(てだい)』農政を担当した下級役人。

手代が勤める店は少々傾きかけていて、集めた売掛金の他に、出資者から借りた金を持っていた。

店がある都市に帰るには歩いていく方法と下り船に載る方法があった。
山を降りて山沿いの街道から反れ、集落が点在する村道の向こうに行くと川沿いの街道を渡し舟の乗り場がある。
旅籠に泊まらずに山を越えれば、夜明けの一番船に間に合うと男は考えたのだ。

街道から反れて村道を進むうちに、手代は誰かが走ってくる足音を聞いた。
追いはぎがでるというのを聞いていた手代は、明かりを放り出して走り出し、村道の側の大きな木の陰の窪地に隠れた。

果たして、二人組みの男が現れた。
獲物を持ち悪態をついていた。
二人は手代がどこかに隠れたかと、付近の草を切ったり踏みつけたりした。
手代は生きた心地がせず、息を殺して口の中で念仏を唱えた。
するとがさがさと音がして、何かが走って出た。

草を掻き分け逃げるそれを二人の男は追いかけていった。
やがて悲鳴が聞こえ静かになった。
手代は白々と夜があけるまでその場で動けなかった。

夜が明けてから手代は窪地を這い出し、渡しに出て船に乗り込んで無事に帰った。
手代が持ち帰った大金のおかげで店は持ち直し、手代は主人夫婦の末娘の婿になった。

婿になった手代は、これもあの時、自分の代わりに出て行ったモノのおかげ。
神仏が助けてくれたからと思い、あの地に祠を奉ることを思いついた。

村落を訪ね、訳を話すと村長も賛成して、ひとつ話をしてくれた。

あの木の側には、大きな古狸が住んでいた。
ある時畑に出た村人は、切り殺された大狸と、側にいた大人の狸とと子供の狸を見つけたそうだ。

人々が集まってくると狸と子狸は少し離れたが、じっと人々を見守っていた。
これは大狸の妻と子供に違いない、と思った村人は木の側に狸を埋め、目印に石をおいた。
話し聞いた手代は、あの時助けてくれたのはその狸だったのかと驚き、祠を建てて石を神体として奉った。

その祠は今でもある。
今でも朝晩、お供えをする人もいる。
昔は祠を拝んでから旅にでたそうだ。
その祠は、子供の守り神でもあると言われている。
祠の中には、両手で持ち上げるくらいの丸石が神体として祀られている。