友人の体験談。

彼は近所のビジネスホテルで夜勤のアルバイトをしていた。
アルバイトは同じサークルの先輩の紹介だった。
私の先輩でもある。

そのビジネスホテルは、どこにでもあるような、一晩5000円程で宿泊できそうな5,6階建ての小さなホテルで、2階がフロントになっている。

夜はバイトの人が一人で対応している。
何かあれば責任者にすぐに連絡を取るような仕組みになっているそうだ。
アルバイト一人に任せるようなホテルだから、ある程度想像は付くだろう。
実はそのホテルは、彼がバイトを始める少し前に飛び降り自殺があった。
彼がバイトを始めてから、紹介してくれた先輩にその話を聞かされたらしい。

夜中にホテルで一人、しかも自殺があったホテル。
フロントからは女性が落ちた場所が見える・・・。
彼にしてみれば、決して心地の良い職場環境とは言えない。
特に古い訳でもないし、綺麗な新めのホテルなので、私には全く気持ち悪さも感じない。
その話を聞くまでは・・・。

それは、ある土砂降りの雨が降る夜のこと。
先輩が一人で夜勤。
作り話のようであるが、ずぶ濡れの細身の女性が一人訪ねて来た。

濡れた体を拭こうともせず、うな垂れて言う。

女「部屋は空いてますか?」

先輩「はい、空いています」

女「窓の有る部屋にして下さい」

声はか細く、ずぶ濡れ、よく見ると手首に無数のためらい傷、窓の有る部屋を要求。
普通ではないと感じた先輩は、部屋へその女性客を通した後、念の為に責任者へ連絡。
と、あまり時間が経たない内に、外から「落ちたぞー!」という大声が聞こえた。

女性は窓から身を投げたのだが、一度電線に引っかかった後地面へ落ちたらしい。
すぐさま救急車で運ばれたが、残念ながら病院で息を引き取ったとのこと。

そこのホテルには、ある常連客がいる。
釣り好きの明るい気さくなオヤジらしい。
彼が夜勤に入っている日、その常連客が酔っ払って帰ってきた。
すこぶる陽気なその客は彼に一言二言話しかけ、部屋へ。

しばらくして、その常連客から電話があった。
なんでも、通路の一番奥の部屋の前で、赤いワンピースを着た女性が突然消えたということらしい。
彼は、「この酔っ払いが」と思いながら適当に応対し、電話を切る。

またしばらくして、例の常連客からフロントへ電話が。

「早く女を部屋に通せ!」と怒った口調で何か訳の分からぬことを言っている。
彼にはサッパリ意味が分からず「何のことでしょうか?」とたずねた。

「とぼけるな!今さっき女性から部屋に電話があったぞ!」

どうやら、外部からその常連客の部屋に電話をしてきたた女性が居て、今フロントに居るからすぐに部屋に行くわと言ったそうだ。

が、外部から直通で部屋に電話することが出来ない仕組みらしい。
一度フロントを通さない限り無理なのだ。
もちろん彼は外部からの電話を受け取っていないし、常連客の部屋へ繋いでもいない。
おまけにフロントには誰も居ない。

この話をしている時の彼の顔は、引き攣った青ざめた顔で、その時の恐怖感を表していた。

次の日、何事も無かったかのように、その常連客はいつもの如く早朝釣りへと出かけた。
普通は昼過ぎか夕方に帰ってくるそうだが、その日は行って2時間も経たない内に戻って来た。

会社の上司の身内の女性で不幸があったから、通やへ行かなければならなくなったそうだ。
会計を済ませた常連客が言った。

「昨晩見た消えた女性といい、電話をかけてきた謎の女性といい、一体何だったのだろうか?亡くなった女性の何かを暗示していたのだろうか?」

常連客は、そのホテルで飛び降り自殺があった事実を知らない。
謎の二人の女性と、亡くなった常連客の上司の身内の女性との関係も分からない。

彼はその後しばらく、その不気味なホテルでアルバイトをした。
あの体験を忘れられないまま。