中納言長谷雄卿は多岐にわたる学問や芸を修めた才人で、朝廷の要職に就いていた。

ある日の夕暮れのこと。
宮中に向かう途中、恐ろしげな目つきをした見知らぬ男が近づいてきた。

男「双六の名手である中納言様とぜひとも勝負をしてみたいと思いまして・・・」

中納言は怪しみながらも、「ほう、それは面白い。ではどこで打とうか」と返した。

「それでは我が家へ行きましょう」と男が言うので、「いいだろう」と一人で男についてゆくと、朱雀門にたどり着いた。

勝負が始まり、男は「さて、何を賭けましょうか。私が負けたなら、姿形も気立ても絶対に満足なさる女を差しあげましょう。貴殿が負けたときはどうしますか」と言った。

「では私は持てる財産をすべて賭けよう」と答えると「よいでしょう」と男はうなずく。

双六勝負は、中納言が勝ち続けた。

しばらくのあいだ男は普通の人間の姿をしていたが、負けが続くと、悔しさで取り乱し、恐ろしげな鬼の姿を現した。
中納言は恐ろしいと思いながらも、結局最後まで勝ち続けた。

勝負がつくと男は元の姿に戻り、「私の負けです・・・こんなはずではなかったのですが・・・しかし約束は約束です。間違いなく美女をお届けいたしましょう」と言って帰してくれた。

中納言は本当だろうか・・・と思いながらも、女を迎える準備を整え心待ちにしていた。

夜更け頃、あの男が輝かんばかりの美女を連れてきて差し出した。

中納言は驚いた。
まさに絶世の美女が目の前にいる。

中納言「こ、この女をくれるというのか」

男「無論です。差しあげるからには、返していただく必要もありません。ただし一つだけ約束してください。今夜から百日経つまではこの者に触れてはいけません。もし約束を破れば、必ずや後悔するでしょう」

中納言「わかった。約束する」

そう言って男を帰した。

夜が明けて女を見ると、姿形も気立ても素晴らしい。

「この世にこんな女がいるのか」と最初は怪しんでいたが、時が経つにつれ愛しくなり、そばにいることが増え、片時も離れたくないと思うようになっていた。

こうして八十日ほど経った頃、「もうかなり日数が経った。絶対に百日ということでもないだろう」と、我慢が出来なくなり女を抱き寄せると、ひやりとする。

構わず掻き抱くと、女は水に濡れているようであった。

中納言「これは一体どういうことだ・・・」

そう思うやいなや、水音を立てながら女が崩れた。

なんと女は水になって流れ去ってしまったのだった・・・。
中納言は驚き、嘆き、悔いに悔やんだが、元には戻らなかった。

しばらく苦悶の日々を送っていた中納言は、ある日の夜更け、宮中からの帰りにあの男と出くわした。

男が牛車の前方から近づいてきた。

男「よくも約束を破ってくれましたなぁ・・・信じていたのですがねぇ・・・残念」

そう言うと・・鬼の姿を現し、怒りの形相でこちらへ向かってきた。
男は朱雀門の鬼であった。

中納言はおののき、「北野天神、助けたまえ」と必死に祈ったところ、天から声がした。

中納言「哀れな鬼よ。去るがよい」

猛々しい声が響き、鬼は逃げ出した。

中納言はとっさに叫んだ。

中納言「私が悪かった!だからあの女を返してくれ!」

鬼は振り向き、叫ぶ。

鬼「あれは、さまざまな死者の良いところを寄せ集めて人間として造りあげたのだ!百日が過ぎれば魂が定着し本物の人間になるはずであったものを、約束を破ったから溶け失せてしまったのだ!この愚か者め!」

鬼は嘲笑を残し、闇に消えた。