もう2年以上前の話。
東北のある地方都市の旅館に宿泊した時、それまで自分はいわゆる幽霊とかそういうものを全然信じたりするタイプの人間ではなかったのですが・・・信じるようになってしまいました。

その旅館に泊まったときは約2週間くらい仕事で滞在する予定で出かけました。
少し古いけど、中は新しく自分のような出張組みが何組か泊まっていました。
料金はすごく安かったけど旅館の方がとても気さくで非常に良くしてくれたので自分の中では「こういうアットホームな雰囲気の旅館もいいなぁ」とか勝手に思ってしまった程です。

まぁこれには訳があったのですが・・・。

そこの旅館の家族は、おじいちゃん、おばあちゃん、旦那さん、奥さんと高校生くらいの娘さんで経営してて泊まった一の日目から、ご家族の方々と挨拶をしました。

通常というか今まで宿泊した旅館では一家全員で経営してる旅館以外は、ご主人や年頃の娘さんとかは、あまりお客の前に出て来るのって稀ですが、そこの旅館はなぜか自分の前に顔を出しますし、皆さんが気さくに声をかけてくるので「これがこの旅館の営業スタイルなんだ」と勝手に納得してました。
実際、小さいながらも宿泊客も多く繁盛しているようでした。

宿泊して1週間が過ぎた頃、1日だけどうしても違う部屋に泊まって欲しい・・・懇願されて案内された部屋が仏間でした。

自分は前述したように、幽霊とかそういうの信じないタイプなので普通に快諾しました。

子供の頃、両親の実家に遊びに行ったときも普通に仏間に泊まりましたし、田舎のもてなしで通される部屋は仏間というのが小さい頃から無意識の内にあったのかも知れません。

しかし、布団に入り電気を消して眠ろうとしても・・・廊下の電気があってどうも寝付けません。
自分の足の方に障子の扉があるのですが、一部、素ガラスなので廊下が見えます。

寝付くまで色々なこと考えてました。
仕事のこと、彼女のこと、これからの自分、ホント取り留めのないようなことを考えてたと思います。

どれくらい時間が経ったでしょうか・・・。
ふと足元の廊下に目をやると、ガラスが微妙に反射して、白い煙のようなものが動いてるような気がします。

「えっ火事?」

ガラス反射先が仏壇なので、線香とか消し忘れたのかと思い振り向こうとしましたが、なぜか体が動きません・・・。

視線はガラスを直視したままです。
その白い煙のようなものは、だんだん人の形になっていきます。
映画のリングの貞子のように仏壇からゆっくりと這い出してきました。

「うわぁ~~~」

自分では絶叫したつもりでしたが、声になりません。
視線は固定されたままだったので、その人の形顔を見ることはできませんでしたが、急に顔に長い髪の毛があたる感触がして自分の視界に顔が入ってきました。

「???あれこの人?」

不思議と恐怖はありませんでした。
むしろ「どこかで会ったような?」という感情があり時間にして一分くらいは、こちらが金縛りにも関らず見つめてしまいました。
その間、その顔はずっと微笑んでいました。
しかし、少し寂しそうな顔をするとまた煙のように消えてしまいました。

次の日、自分の疑問は旅館の娘さんを見て氷解しました。

似ている!

女将さんに朝食のとき、なんとなく訊ねてみました。
娘さんにお姉さんいますかってね。
そしたら何かを悟ったらしく、逆に質問されたので夕べの出来事を全て話しました。

そしたらボロボロと泣きながら6年前に事故で亡くした娘がいることを話してくれました。
なんでも娘さんは結婚が決まってた相手がいたらしく、それが俺にそっくりで俺が泊まりに来たときは家族揃ってびっくりしたらしい。

両家公認で家族ぐるみで付き合っていたらしいけど、娘さんが不慮の交通事故で他界・・・。
フィアンセの落胆ぶりと家族の落胆は大きかったらしいが、たまたま泊まりに来た俺がフィアンセに似ていたので家族も姉さんが生きてた日々を思い出したらしい。
女将さんに言われて俺も思わず貰い泣きしてしまった・・・。

あとで遺影の飾ってある部屋に案内されたとき、そこには夕べと変わらない微笑のやさしい娘さんの写真があった。
また目頭が熱くなった。