数年前、自転車に乗りながら見たの『うごめくもの』の話。

当時勤めていた会社は夏季がめちゃくちゃ忙しくてその年の夏休みは10月までずれ込んだ。

ロード乗りが趣味の俺にとってはちょうど自転車乗りにうってつけの季節にまとまった休みが取れてうれしかった。
その遅い夏休みを利用して、東北のほうを数泊かけて愛車(RNC7)で巡ることにした。

最低限の荷物をメッセンジャーバックに詰め込み、気の向くままに道中の美味いもん(ジャンボタニシの串焼きが美味かった)を食いながらプラプラと楽しんでいた。
まあ、途中で電車で輪行したり、途中に取った宿に自転車預けて普通に観光したりと、あんまり気合が入ったツーリングというわけでもなかったのだが。

行程も半ばを過ぎ、そろそろ来た道を引き返そうかと言う時のこと。
この風景も見飽きてきたなと、思いながら長い田園沿いの道をずっと走っていると視界の端に何か動くものが有るのに気づいた。

反射的に一瞬視線をそれに向けるとそこにはどこまでも続く田んぼしかない。
俺はほとんど何も気にせずそのまま自転車を漕ぎ続けた。

しかし、またしばらくすると視界の端に何か『うごめくもの』が見えた・・・。
そしまたそれが何か確認しようとするとそこに有るのは風景だけ。

俺は眼球に“何か細かい傷でもついたのかなー、やばいなー”とか思いながらも特に気にせず自転車を漕ぎ続けた。

その後も視界の端に『うごめくもの』が見え・・・それを確認しようとすると何もないということが数分おきに何度同じように続いた。

そして、何度目かは分からないが、またあの『うごめくもの』が視界の端に現れた。
ここで俺はその『うごめくもの』が最初よりも視界の中央に少しだけ寄っていることに気づいた。
どうやらその『うごめくもの』はじょじょに視界の端から中央によっているらしかった。

最初はほとんど気にも止めなかったのだが、少しずつその姿が明瞭になっていくその『うごめくもの』が気になり始めてきた。

さらに数十分後にはその『うごめくもの』の細部が有る程度分かるようにまでなっていた。
なんと言うかボウフラみたいな動きをする虫が・・・密集してかろうじて人型の形をしているような感じだった。

もうこの頃には半ばパニック状態で、その正体を確認しようと視線を向けることもしなくなっていた。
というよりも、なぜか視線を向けることも逸らすことも出来なくなっていた。

その『うごめくもの』は、どんどん視界の中央に近づいてきていて、さらに確実に距離も縮めていルように感じられた。
俺は恐怖のあまりほとんど全速力に近い速度でペダルを廻し、その『うごめくもの』から逃げようと必死だった。

しかし、突然もの凄い衝撃を感じて俺は意識を失った。

後で聞いた話によると俺は全速力で走りながら対向車線にはみ出して向こうから走ってくる車にぶつかったらしい・・・。

目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
しかしそのベッドの周りををあの『うごめくもの』が何体か取り囲んでいた。

俺は恐怖のあまり発狂するかと思い声の限りの絶叫をあげていた。

すると、その『うごめくもの』達は俺に何かを話しかけながら体を押さえつけてきた。
俺はまたそのまま気を失った。

結論から言うと、俺はあの事故の後遺症として人間の姿形をあの『うごめくもの』として認識してしまうようになってしまった。

それから時間が経つにつれて・・・うごめくボウフラのようなものの密集具合が薄れてきて、人の顔も薄っすら透けて見えるようになってきた。
それにつれて有る程度慣れてきたが今では仕事も辞めて障碍者手当てを貰って引きこもって暮らしている。

しかし、あそこで事故に遭わずにあの『うごめくもの』を完全に視界に入れてしまっていたら、完全にあれの明瞭な姿を見ていたら・・・俺はどうなっていたのだろうか。