Aさんの家は、川沿いに広がる雑木林の中に古くからある一軒家で、ブロック塀と林で囲まれている。
その脇には、幅2m程度の細い小道があり、曲りくねって100m程続いた後、大通りに繋がっている。

この通りは小学校に通学する上で近道だったが、登校は各地域の班ごとに決められた通学路を通らなければならず、登校に使う事は無かった。
それはこの小道で恐喝事件があったとかで、学校側は使用禁止を生徒に命じていた。
しかし、この小道は不気味ではあるが皆あまり真剣には考えていなかったので、下校の際などは構わずに使っていた。

しかしある日、部活帰りの俺と友人が近道をしようとして夕方、この小道を通った時に甲高い女の声がしたので、ふとAさん宅を覗いてみると、普段は閉め切った雨戸がほんの少し開いており、その隙間から目玉が二つ、こちらをじっと見つめていた。

隙間から覗かれるだけでも不気味なのに、恐らく首をかしげた状態なのだろうが、その行動にもびびった。
そして妙に甲高い声が、明らかに俺達に向けて掛けられている。
『こっちへ来い』と言っているようだった。

俺達はその視線と、老女とは思えぬ甲高い声にすっかり怯え、慌てて逃げ帰った。
何人かがそれに遭遇し、その話が学校中に伝わると、その路地を使う者は居なくなった。

怪談話ではなく実在の人間の事だし、関わりたくなかったと言うのが正解かもしれないが、『Aさんは雨戸の隙間からじっと通学中の子供達を見つめており、気に入った子供が見つかると捕まえて孫の遊び相手にする為に殺してしまう・・・』と言う、大げさな噂が以後続いた。

殆ど妖怪扱いされていた訳だが、子供達の間では『Aさんは車が嫌いなので、追いかけられたら車の写真を見せればいい』等と言う話が広まっていった。

しかし、そんな噂話が広まった事には原因があった。
これを聞いた俺は、本気でAさんを怖がったものだ。

夏休みの始め頃、息子夫婦が一家でAさんの家に遊びに行く事になった。
乗っていたのはワゴンタイプの車で、父親が運転・母親が助手席、二人の子供が後部座席に座っていたが、東名高速の料金所からあまり離れていない場所で、居眠り運転のトラックと接触・転倒、そのまま炎上した。

転倒の衝撃でドアが歪み、脱出する事もできずに車は炎に包まれる!

人が集まり、強い火災ではなかったようだが、素人の手には余る。
話によれば、子供の悲鳴と両親の叫び声が続いていたらしい・・・。

料金所の職員が消火器を使っている間に漸く救急隊が到着したが、蒸し焼き状態となった車内に生存者は居ないと思われた。
が、奇跡的に両親は生きていたものの、体の突起物(耳や鼻)等は溶けて無くなり、皮膚は熱で溶けた化学繊維と融合して悲惨な状態だったと言う。
病院に運ばれたが、二人の子供は既に死亡しており、両親も長くは持たないと思われた。

焼け残っていた免許証から、Aさんの連絡先を調べた警察によってAさんが病院に呼ばれた時には、息子夫婦の意識は無く、全身包帯に巻かれている状態だった。
其れを見て、Aさんは卒倒しそのまま入院。
息子夫婦はその日のうちに死亡した。

Aさんは可哀相な人だと学校の先生が言っていた事もあり、噂するのは何となく後味が悪く、次第に誰も口にしなくなった。
だが、実際に子供が行方不明となり、二日後警察の捜査でAさん宅に監禁されているのが見つかる。

仏壇の間にある柱に幾重にもガムテープで縛りつけ「孫達と遊んでくれ」と、Aさんは正座をし首を90度曲げた状態で丸二日間、その子に甲高い声で言い続けたそうだ。

助けだされたときには、口も利けないほどの怯えようで、その後しばらく入院するほどだった。

Aさん自身は監禁罪に問われる事となるものの、心神耗弱を理由として刑務所に入る事はなかった。
だが、いつの間にか病院を抜け出したAさんは家に帰ると、仏壇の前で首吊り自殺してしまい、この事件や噂はこれで終わったものと思われた。

しかし、その後もAさんの家から視線を感じると言う話が無くならず、一種の心霊スポットの様になってしまう。
よせば良いのに、何処かの高校生が夜中に忍び込んで肝試しをやったのだが、夜中の二時ごろAさん宅から悲鳴が響き渡り、警察が出動する騒ぎとなった。

警察が駆けつけると二名が玄関付近で腰を抜かして震えており、一人が仏壇のある部屋でうわ言を言っていたらしい。
救急車が呼ばれる頃には付近の住人も野次馬のように群がっていたが、その中の一人から聞いた話では、担架に載せられたその高校生は熱にうかされたように「熱い・苦しい」そして「頼む、来ないでくれ」と言い続けていたとの事だ。

又、事件後、あの家の傍を通った級友の一人は、雨戸の隙間から自分をじっと見るAさんの目を”視た”と言って引き篭もってしまい、見舞いに行った奴の話では部屋の窓が全て目張りされ、隙間と言う隙間は黒いガムテープで塞がれていたと言うから、かなり本気で怯えていたようだ。

『ほんの小さな隙間からでも、二つの目玉が僕を見ている』

級友は蛍光灯を付けっぱなしの部屋の中から出ようとはしなかった。

こういった経緯から、このAさん宅は付近でも近寄るものが居ないほど敬遠される場所となるが、その数ヵ月後には、不審火で全焼し、この心霊スポットは消滅する事となる。

消火にあたった消防車が、設備上やむなく傍の川の水を使用した為、鎮火後も川の生臭い臭いが暫く取れなかった事もあって近隣の学校等では”お化け跡地”と呼んでいた。

又、結局のところAさんが住んでいたわけだが、死後もこの場所に留まっていたという噂があった事で”放火によってAさんが、息子と同じように生きたまま焼かれた”と言う話が広まっていった。

そんな中で、暫くして赤い服を着たおばあさんが子供を追いかけていたのが目撃される。
その正体は真っ赤に焼け爛れたAさんで、捕まると火をつけられて焼き殺されると言う。
Aさんは夕暮れ時に出没し、一度見つかるとズル・ベタ・・と足音を立てながら、「誰が”みんな”を焼き殺した!!」と言って泣き叫びながら、ゆっくりゆっくりとどこまでも追いかけてくる。

全身焼け爛れた姿で現れると言うAさんは、何時しか”赤服おばさん”と呼ばれるようになっていた。
そして、捕まりそうになったら唐辛子を叩きつければ、Aさんが痛がって居る内に逃げ切れると言う噂も飛んだ。

学校でもこの噂によって、一時期下校時刻を早めた事がある。
丁度、児童誘拐の話が全国的に広まっていた時期だ。
実際見た人間が居るのかどうかは判らないが、皆が真剣に語っていた記憶がある。

その後、あの小道も入口と出口に新しく柵が設けられて出入りができなくなった。

それと、関係があるかどうかは判らないが、あの付近にある民家が火の気も無いのに不審火で焼失。
二軒・四名が焼死すると言う事件があり、”Aさんに引き込まれた”とか、”放火したのはあの家の住人で、Aさんの復讐ではないか?”と言う話も出ていた。