メール着信:20XX年10月4日9時56分。

『やあ、元気にしてた?ご無沙汰。こっちはぼちぼちってところかな。作品も少しずつだが書き溜まってきているよ。今日メールしたのはちょっと相談したいことがあってね。冗談だと思わないで読んでほしい。』

『実は昨日、とても怪奇な発見をしたんだ。鏡の中に。鏡に映った僕の背後約五メートルに、床に這いつくばる生物がいたんだよ。尻尾のずんぐりした一メートルくらいの体長なのに、人間並みの大きな頭がついている。』

『頭髪みたいな黒いたてがみ。ぬめった暗色の表皮に濁った眼。一見すると、まさしく人面トカゲと呼びたくなるような生き物だった。もうそろそろ現実主義の君は、僕が君を担ごうとしているか、緩みがちだったネジがとうとう落っこちたとでも思っているだろう?でも、これは嘘でもなければ僕の妄想でもないと断言する。神様は信じてないから、自分に誓うよ。これは真実だ。』

『そもそも初めに気付いたのも、図書館の自動ドアの前で他の客がぎょっと驚いたからなんだ。つまり、これは他人にも見える。背後霊とか幽霊という言葉を使わないのは、あまりにもはっきりと鏡に映っているから。きっと写真にもくっきり写るんじゃないかな?薄気味悪いけど、あれが霊の類にはどうしても見えない。今の推測では別次元の生物って感じ。』

『とにかく、こんな体験はめったに出来るもんじゃない。下手にちょっかい出して逃げられるのも嫌だから、
気付かない振りしてもう少し観察してみるよ。君はまだ信じていないだろうが、意見だけは聞かせてほしい。では、また。』


メール着信:20XX年10月5日10時8分

『返信がこない所を見ると、まだメールは見てないようだね?あれから色々なことが判ったので情報を追加しておくよ。写真を試してみたんだが、何故か全く写らなかった。デジカメも同様だった。鏡を見ながらあいつに近づいてみたんだが、距離は縮まらなかった。こっちの世界で見えないだけかと思って、物に触れさせようとしたが駄目だった。』

『あいつが動く様子はなかったし、鏡の向こうに映った障害物は奴の身体を難なくすり抜けていた。それでいてあいつの視線は僕に注がれている。もはや、僕自身となんらかの関係があるのは明らかだ。正直、なんだか怖くなってきていた。初めはただ人に似た顔だと思っていた。だが、時が経つにつれ僕は確信した。あいつには表情がある。たまに、僕を見てニヤリと薄気味悪く笑うんだ。』

『寒気が走る。それに、心なしかあいつとの距離がせばまっているような・・。気の廻しすぎだとは思う。自分でもこんな気の弱い一面があったとはね。もし、これを読んだならすぐにでも連絡がほしい。それじゃ。』

メール着信:20XX年10月6日11時33分

『まだ読んでないのか!気のせいなんかじゃなかった。奴は少しずつゆっくりと近づいているんだ!早く僕の家に来て、これがただの妄想だと笑い飛ばしてくれよ。君の頭がちょっとおかしくなっただけ・・そう言ってくれるだけでもいいんだ。奴は狡猾だ。知能がある。こいつは人の反応が面白くて堪らないんだ。脅えて取り乱す人間を見て快感を感じている。僕は・・あいつの獲物なのかもしれない。』


メール着信:20XX年10月7日11時14分

『もう四日目だぞ!いい加減メールに気付いてもいい頃だ。僕がどんな想いで過ごしているのが判らないのか!まさか・・とうとう僕の身体を昇り始めたこいつが、君に目を付けるのを恐れて?それとも、狂人には関わりたくないとでも思っているのか?もういい。君がそんな奴だったとは思わなかった。見損なったよ。さよならだ。』


メール着信:20XX年10月8日9時23分

『すまん。昨日は取り乱していた。ただ、それだけ僕がまいっていることを判ってほしい。狂ってなんかいないんだ。僕は愚か者だよ。こんなことになるなら、初期段階で警察か大学の研究機関でも訪れるべきだったんだ。けど、もう遅い。このことを知るのは君だけだ。家族に知らせなかったのは、危険だったからだ。あいつは誰かが自分に気付くのを待っている。恐怖しない獲物には関心がないんだ。』

『鏡の向こう五メートルの床に這う身じろぎ一つしない人面トカゲ。これに気付いてしまった者だけが・・・おそらく不幸な結末を遂げる。もし、僕が死んでも君は葬式に来るな。これは返信がないことへの当てつけじゃない。おそらく、君は仕事が忙しくてメールをチェックし忘れているだけなのだろう。僕は君の身を案じて言っている。あいつは恐ろしく狡猾だ。知能も見た目以上に高いだろう。』

『この数日、僕が連絡を取り合っていた相手が君だと気付けば次は君が狙われる。いかな君とて、鏡の向こう五メートル先を確認せずにはいられないだろうからね。奴はもう、僕の首に腕を廻して大きな口を開けている。首から・・奴の爪が当たってる所から血が滲んでるんだ。もう、鏡を見るのはやめた。悔しいよ・・こんな奴、触れるのなら絶対負けやしないのに。卑怯者め!奴の意図はもう明確だ。僕の頭皮を食い千切る気だ。頭蓋骨を噛み砕いて中の白くてプニプニした脳味噌をゆっくりすするんだ。くそくそくそ僕がいったい何をしたっていいいいいいいいいいいいいいい』

・・・僕がこれらのメールを読んだのは、出張から帰ってきてすぐだった。

五回目のメールが届いた深夜だ。
悪戯にしては少し質が悪いような気がしたが、彼はもともと散文を書くのを趣味にしている男だ。
これくらいのことは平気でやるだろうと思ったし、笑って許してやるくらいの間柄でもある。

しかし・・・。

彼の訃報を聞いたのは翌日だった。
なんとも胸騒ぎがして、電話を入れたのだ。

通夜に出席した。
共同斎場だった。
判ったのはなんらかの事件に巻き込まれたらしい、ということ。
彼の家では未だに警察官が出入りしているらしい。

自宅に帰っても、どうにも落ち着かなかった。
彼の死を悼んではいるが、大して気にかけているわけじゃない。
基本的に自分は薄情な部類の人間だ。
僕の心を占めているのは、偶然にもあのメールと事件が一致し過ぎているということだ。

事件は彼の自宅で起こったらしいということが一つ。
そして、散文での彼の死と彼の推定死亡時刻がぴったり重なる点だ。

メールの着信は正確に時刻が記録される。
おそらく彼はあれを送信した後で何者かに・・・。

いや、本当に送信してからなのだろうか?

もしかしたら、メールの内容と同じように書いている途中で彼が死を迎えたとしたら・・・。
画面上の送信ボタンを押したのが犯人・・・あるいは・・・

馬鹿な!
今、自分は何を考えた?
そんな生物がいるはずない!
全く馬鹿げている。
くだらない散文に引きずられて鳥肌を立ててしまっている自分が情けない。

もう一度メールに目を通してみた。
何度読んでも寒気が走る。

いままで、彼はこんな散文を書いたことがあっただろうか?
これがフィクションでなく、まさしく彼のダイイングメッセージだとしたら・・・。

自分は通夜に行ってしまった。
彼の警告を無視してしまった。

この狭い部屋なら問題はない。

しかし、居間にある姿見を覗くと何が見えるのか?
とても試す気にはなれなかった。
これから、僕はいったいどうすればいいのだろう?