地元の話。

私の実家の近所にある旧家、田木家(仮)は地元でも有名な伝統ある味噌屋です。
田舎ですが、それこそ何代も続いているような由緒正しい家柄のようで、そこに、私は全然面識はないけど、30歳くらいの長男がいるんです。

で、7~8年前に、そこの長男がいきなり狂ったんですよ。
というか、正確に言うと7~8年前にそこの長男がおかしくなっているのを見たんです。

確かそんなに遅くない夜でした。
私はスーファミをやってたんです。
そしたらどこからか「うぅー、うぅー」「うあうううー、あうううー」といった感じの声が聞こえるんですよ。
そうですね・・・例えるなら子供がねだったものを買ってもらえずにグズっている時のような声ですね。

最初はイヌの遠吠えかとも思いましたが、どうも人の声に聞こえるので気味が悪くなってきて1階に下りていったんです。
すると母親も不思議がって、どこから聞こえてくるのかを探って縁側をうろうろしていました。

「なんだろね、外からだよね」と言いながらも結局わからずに2階の自分の部屋に戻りました。
しかし声がぜんぜん止まないので、いよいよ気持ちが悪くなってきて窓から外を覗いてみたんですが、声の方向を耳で探ると、どうも味噌屋の田木家からみたいでした。
田木家自慢のいくつもあるデカい蔵(味噌樽が置いてあるのでしょう)がウチから見えるんですが、そこの一番奥まった場所に建つ蔵の天窓に、なにかがうごめいているのが見えました。

暗くてハッキリと見えたわけではありませんが、それが人間であることはわかりました。
天窓の格子の間からせいいっぱい両手を出して、泣きながら壁をひっかいているんですよ。
それも、ものすごい勢いでガリガリガリと・・・。

「出たい出たい」って感じです。

私はとにかくビビって、急いで母親を呼んで“それ”見せると、「あれはきっと田木さんちの長男だ」と言うんです。

詳しく聞いたところ、小さい頃はよく見かけたんだけど、ここ何年も姿を見ていなかったこと。
噂では田木家の奥さんがどうしても長男をT大に入れようとして、長男は受験ノイローゼでおかしくなったらしいとのこと。
蔵のひとつを部屋としてあてがい(つまり監禁)、長男がおかしくなったのを必死に隠しているらしい・・・と、あくまで噂で曖昧なのですが、こんなことを教えてくれました。
話を聞いている間も長男はガリガリガリと必死です・・・。

ハムスター飼ってた人ならわかると思うけど、ゲージの入口から必死に這い出そうとするじゃないですか?
それにそっくりなんです・・・。

これは尋常じゃないと思った私は、母親に「田木さんちに行こうよ、あれ普通じゃない」と言ったのですが「やめとけ、絶対中に入れてくれないから」の一点張りで動こうとはしてくれませんでした。

私は女だし度胸もないから、1人で田木さんちに行くこともためらわれました。

「じゃあ警察に電話を」と食い下がると「騒ぎを大きくするな、あそこの家はあれでいいんだ」と強く諭されました。

田木家は四方がすべて広い畑で囲まれていて、近くに家は私んちくらいしかないんです。
つまりこれ(蔵の中の長男)に気づいているのは私んちだけなんです。
母親はウチさえ黙ってりゃいいと言うのですが、でも私は必死に壁をがりがりやるあの人影がとにかく可愛そうで、「じゃあいいよ、あたしが行ってくるよ」と、止める母親を無視して家を飛び出していったんです。

それから田木家のすごくがっちりしたいかつい門の前で何度もブザーを押して「すみません!お宅の蔵の中に人がいるようなんですが!!」と叫びましたが全く応答はありませんでした。
すごく怖かったのですが、思い切って「警察を呼びますよ!!」と叫びました。
するとやっと返事があったんです。

「なんでもありません!!おひきとりください!!!」と一言だけ・・・。

仕方なく帰ろうとした時には、あんなに叫んでいた長男(?)の声はウソのように止んでいました。
そしてその後私が家を出るまで、あの声を聞くことはありませんでした。

田木家の長男は、私の母親の話によれば今年30歳くらいらいしです。
まだあの大きな黒い蔵のなかに居るんでしょうか。
もちろん、生きていればの話ですが・・・。

*先日お盆の際に帰省して母親にその話をふりましたが、やはりその後声が聞こえることはないそうです。

田舎ってちょっと怖い風習とか何か得体の知れない怖さがありますよね。