バイト先で知り合ったヤツとの話を書く。
ドラッグとかそういうのが嫌いな人は読まないほうがいいかも。

後にも先にもこの時だけだった、ハッキリと見たのは。
その友人をWとする。

その当時、Wが結婚を考えている恋人がいて、Jとする。
Wとはバイト先で知り合った。
シャブ好きと言うのですぐに意気投合。
ヤツのヤサは練馬高野台に建つ築30年越し、古ぼけたマンションだった。
駅からわりとすぐで、5階建て。
一階入り口の宅配ボックスだけがきれいで余計に浮いている。
やはり宅配業者の要望があったのだろうか。
ワンフロアに2部屋ずつというつくり。

エレベーターがなく、階段で5階まで上がるというところからも古さが分かると思う。
今はたしかエレベーターって義務付けられてなかったか。
5階にも扉は2つあるけど、もうひとつのドアを開けると屋上テラス。
Wの部屋に入ると、いきなり魚の腐ったような、でもどこか人工的な化学的な・・・そんな悪臭が漂っていた。
人の家の匂いって色々あるとは思うが、強烈だった。
アレを早くキメたら慣れると思って、何も言わずあがる。

トイレの電球が点かないらしい。
交換してもすぐ消えるんだと。
どうりで、入ってすぐの台所に、電球のみが何十個と詰められたゴミ袋があるわけだ。
彼女に子どもが出来たから結婚が近いとか言ってたけど、今日は彼女が実家に戻っているため、男同士、独身最後のドラッグパーティという企画だった。
早速それじゃあって感じで、Wとキメ始めると、夜が更けるにつれ、慣れると思っていた例の、魚の腐ったようなでも化学的な匂い、が濃くなる一方だった。
シャブを炙るとかなり臭いんだがそんなものではなかった。
明らかに異常な嗅いだことのない匂い。
・・・おかしいだろと思い、一旦外の空気を吸って少し落ち着こうと思い、コンビニへ行こうというと、一緒に出かけることになった。

501号室のドアを開けてフロアに出ると、当然テラスへのドアが目に入って来る。
Wを伴って屋上に出てみると、隣の駐車場、そしてその反対側はこのマンションとちょうど同じくらいの高さの建物が建っていた。
だけどその距離というのが異常で、ビルとビルの隙間が幅1メートルも無い。
こっちの屋上から向こうの屋上に飛び移れそうなくらいすぐ隣に建っている。
全ての窓が暗い。
壁は白く、聞けば、「産婦人科だ」とWが答えた。
飛び移ってみろよ、やだよ、なんて言いながら、柵の隙から下を覗くと、何かみえた気がした。
赤ん坊のような影が、蜘蛛みたいに隣の壁、2階部分くらいの高さに張り付いている・・・。

目の端にひとつ見えた気がしたその瞬間、全身が総毛立ち、その影ががさがさと登ってくるイメージが一気に湧き上がり怖くなってすぐ室内に戻りたくなってしまった。
見るとWも顔が青ざめており、何も言わずコンビニにも行かず部屋に逃げこむ。
しかしまた大麻など一服してみると、ふたりして同じ幻覚とはキメ過ぎたか、などと笑いも出てくるくらいにはなり、あれやこれやと嗜むうちにいつの間にか寝ていたらしい。

その晩、夢を見た。
体の中から全神経を引っ張られ、なかから圧縮される感じ。
激痛が全身を走る。
肩、腕、指先に至るまで、体内から引っ張り込まれるようで、良く覚えてるのは、金玉がめちゃくちゃ痛かったこと。
言うなれば、飛び出ている部位が全部、亀みたいに引っ込もうとする感じ。
起きると眼の奥がじんじんと痛い。
神経が震える感じがしていた。
ちょうどLSDの感覚に近い。
ソワソワが止まらない。
確かに昨夜は神経で遊んでたけど、こんな経験はちょっとこれまでにない。
落ち着けない、落ち着けないことが怖く、ネタが混ぜ物だらけか、体調の問題で最悪のバッドトリップだったかなどと思いながらふとWを見ると、熟睡している。
深く考えず水を飲みまた一服すると眠れた。
その時は、起きると悪夢のことはもう忘れていて、朝から疲弊した顔とギラつく目のまま、別れるおれたち。
その後の話だ。

10ヶ月後。
当然忘れていた頃。
Wの姿を見なくなった。
バイト先にも来ない。
結婚控えてるっていうか、もう子供も生まれるって時にだ。
おれだけが秘密のキメ友だったため、自宅を知っていた。
履歴書なんかで調べれば誰でも分かるんだけど、とにかくおれが様子を見に行く役回りになった。

練馬高野台駅。
徒歩すぐ。
エレベーターの無いマンション。
5階までまた息を切らしながら到達すると、玄関ドアに古びた封筒が貼ってあった。
5年は貼ってあるだろ、という程、黄ばんでシミもところどころ。
宅配便も郵便も誰も階段で5階まで上がってこない筈だ。
普通は1階のボックスに置いていく。
これはおれに向けられたモノだと直感し、ドアから引き剥がすとすぐ階段を駆け下り、誰もいないフロアを通過し、マンションを飛び出た。

怖かった。

封筒を剥がすとき、隣の、屋上テラスへのドアの向こうで、ギシギシ、という何かが重く軋む音と、例の魚と薬品が混ざったような匂いが漂っていた、気のせいか。
そして、そのドアがいつ向こうから開いて、何かが飛び出してこないとも限らない。
妄念に取り憑かれていた。
当時のネタの副作用もあったんだと思う。

品川の自宅までの道のり、冷や汗と脂汗が止まらず、自宅に着いてすぐ封筒を開けた。
手紙が入っていた。

手紙というよりも小説に近い分量の文字数だった。
びっしりと小さく細かい字で、虫が這うように。
とても丁寧に書きこんである。
全てを書き写したいが、まだ様子を見たい。
安全とは思えないから。
とりあえずかい摘んで話すと、Wもあの夜、すごい悪夢を見たらしい。
全身が中から引きずり込まれるような夢。
それもへその裏側から吸い込まれるような夢だという。
おれが帰った日、WはJの身重の恋人をひとりで待つも、Jが予定時刻を過ぎても帰ってこない。

どうにも不安な気持ちで待っていると、病院からJの両親が連絡してきたらしい。
Jが入院した。
何かあったのかと、話もそこそこにすぐ駆けつけるW。
すると変わり果てたJの姿を目にすることになる。
奇形児が生まれたらしい。
Wも懇願して見せてもらったらしいが、でも文字に書くことはしたくない。
もしそこから実体化したらみんなに申し訳ない。

でもここまで書いておいて、イメージの片鱗もないんじゃそれも申し訳ないので、100分の一くらいに薄めて書いてみる。
産み落とされたそれは、人間の各器官を一度バラバラにしてから何かでかい手でハンバーグみたいに無造作に丸めたようなモノだったらしい。
手紙の最後に、Wは「◯◯(おれ)、友人家族、馬場のプッシャーおじさん、みんなにはもう会うことはできなくなった、ここで最後の別れを決め、部屋を掃除しに来た、その時におれが見つけてくれることを願ってドアに手紙を貼っておきます、もし読んでくれているなら、本当にこれまでありがとう、楽しかった」とだけある。

そしてあの晩、引っ張られる夢を見たのは、実は2回目だという。
そして2回目についに自分は亀のように球体になり、その後、自らの体内という暗闇のなかで、凄まじい苦痛を感じていたらしい。
でも、たまらず目を覚ますと、おれは熟睡していたため、声をかけずにまた横になっていたらしい。
そして、あの夜、屋上に出たときに見た、産婦人科の壁に数百数千と張り付いていた蜘蛛のような影は、アレは何だったのでしょうか、と。