もう10年も前の話になるんだが、いまだに思い出すと不思議で怖い。
自分には霊感なんか無く、肝試しや夜の山とか海とか人並みに行ってたけど、霊体験なんてしたことなかった。
信じてないわけでもなく、普通に怖がりだけどテレビで見たり文章を読んだりする程度。

その時も、当時の彼女とデートというわけでもないけど車でふらふらしながら行き先もなくドライブしてた。
確か、平日で近場の夜景を見に行ってラーメン食べて帰りしなに海でも寄る?って感じだったと思う。
翌日休みだったから朝まで車でフラフラしてるのがよくあることだったんだけど、その日はなんとなく海でヤドカリ用の貝があるか探してみようかって話になった。

その海は潮干狩りもするしイベント事もある。
地元民なら何度か行ったことのあるわりと有名なヨットハーバー。
駐車場も広いし、砂浜もあるし、週末にはナンパ車が集まったりカップルがいたりする普通の海。
なぜか車が1台もいなかったけど、平日だし夜中だったし「今日は人がいないな」程度だった。
もともと街灯が届くので暗い海でもないのだけど、その日は月がすごく明るくて砂浜もすいすい歩けた。

付き合って数年経ってたカップルとしては特にいちゃいちゃもせず、2人は距離を置いて貝を探してたんだけど、ゴミや海草が多く、なかなか割れてない貝は見つからない。
少し経って、彼女が「これヤドカリ入ったら可愛くない?」と言ったので近づいてみた。
白い巻貝で欠けも無く大きさもいい感じで「いいね持って帰ろう」と俺は言った。
その時、ふと彼女の右手を見ると長い髪の毛が絡んでた。

彼女はショートカット。
俺は排水溝に溜まった濡れた髪の毛を思い出し、少し気持ち悪くなった。
別に霊的な感じで気持ち悪いわけではなかった。
海に来た人の抜け毛としか思わなかった。
俺は「きもいなー」と言いながら髪の毛を捨て、貝を海の水で洗った。

他にも無いか探そうとすると彼女が「もう帰ろう」と言い出した。
まだ1つしか見つけてないし、砂浜は広い。
月明かりでなんかいい感じだし俺はもう少しいたかった。

「月の光を瞼に受けてとてもキレイな気持ちになる」とアンルイスの歌が聞こえてくるようだった。
時計を見ると3時前。
まだ早いと思った俺は「もう少し」と渋った。

しかし彼女は俺の手を握り、急ぎ足で車へと向かう。
ちょっとむかついて何か言おうとした時、ふと左を見ると堤防の手前の砂浜を男子学生が歩いていた。
なぜ学生とわかったかと言うと、学生帽をかぶって学ランを着ていたのだ。

「へー今時学生帽ってあるんだ」

そう感心してしまい彼女に「ちょっとあの子見てよ、めずらしいよ」と小声で伝えた。

でも彼女は見なかった。

「あとで」と言って真っ直ぐ前を向き、俺の手を強く握っていた。

「なんだよ・・・」と思った時、ふと不思議に思った。
学生帽もめずらしいけど、この時間に学生服??民家からも歩くには距離ないか?
あれ?と思いもう一度見ると彼の姿はもう無かった。

この間、おそらく1、2分程度。
堤防はずっと先まで見渡せる。
月明かりと街灯で真っ暗な場所は無い。
でも怖いとは感じなかった。

「もしかしたら幽霊って、意外に普通に見えていて気付かないものなのかもしれないなー」と思った。

俺は、彼女が見ていたらどう見えたのか、と知れなかったことがとても残念だった。
あまりに直線的に歩く彼女に対し、共感できなかったことを不愉快になりながらも、もしかしたらトイレなのか?と考え車まで俺も急ぎ始めた。

彼女は車のドアを開けると駆け込むように乗り込み、「コンビニ行こう!」と強めに言ったので「やっぱりトイレだったのか。言えばいいのに・・・」と思いつつエンジンをかけた。

車がマリーナの駐車場を抜けてコンビニの明かりが見えた頃、彼女の肩の力が抜けたように感じた。
そこで俺は「さっき堤防で学生帽かぶった男の子見たよ~」と切り出してみた。
すると彼女はいきなり泣きだし、「早くコンビニへ行って!」と叫んだので驚いた。
そんなに余裕が無かったのか・・と思い駐車場へ着くと「笑ってた!女が耳元で笑ったの!」と泣き出した。

彼女の話によると、貝を拾った後、何か聞こえたような気がして海面を見たらしい。
すると藻の中に女性の頭部が見えて口元ギリギリまで水に浸かってたと。
大きく開けた女の口は1/3は水の中にあったのに彼女の目を見ながら甲高い笑い声をあげていた。

波打ち際からそう距離は無く、海水浴場にもなるあの場所は大人の膝までしかないはずだ。
そこから彼女は近づいてこようとしているように見えて急いで場を離れたかった。
車に乗る直前、ミラーに女の全身が見えた。
そして耳元で笑い声が聞こえた。
笑いながら女は「次はお前だ」と言ったと・・・。

俺は半信半疑で震える彼女が落ち着くまで待った。
コンビニで暖かいココアを買い、飲ませた。
次はお前ってなんだろう・・と思い「そういえば」と貝のことを思い出した。

「いい貝あったから良かったと思おうよ。貴重な体験だったよね」と、なだめようと貝をポケットから出してみた。

コンビニの明かりに照らされたそれは、貝ではなかった。
なぜ巻貝だと見間違えたのかわからないほど小さな人間の奥歯に見えた。
俺たちはコンビニのゴミ箱に歯を捨て、もう明るい道を無言のまま帰った。

次はお前だ・・・。

この意味がわかったのはそれから3日後だった。
週末になり、気を取り直していこうと彼女を迎えに行った時彼女は白いアメカジを着ていた。
それは彼女がミラーで見たと言っていた女の姿そのものだった。