昔、長年諸国を行脚し仏道を説く快庵禅師(かいあんぜんじ)という大層徳の高い上人がいた。

禅師が下野国の富田という村に立ち寄った時である。
夜も更けたので、宿を得ようと一つの家の扉を叩き、一晩夜露をしのぎたい旨告げると、家の中から下男が出て来て、禅師の姿を見るなり「鬼が来た!」と叫びだした。
周りの家々からも武器を持った男たちが飛び出してきたが、禅師が静かに「私は鬼ではない、僧衣を着た仏弟子を鬼と申すは如何なるゆえんか」と諭すと、人々は「ご無礼をいたしました、近くの山寺に鬼が住んでおりますゆえ、みなおびえているのです」と申し開きをした。

聞けば、この村里の山寺には、以前学識豊かな僧が暮らしていたが、ある時、養子にとった幼子に並々ならぬ偏愛を抱き、仏事を疎かにするようになった。
そんな折この村を襲った流行り病に幼子がかかり死すると、その悲しみは深く、遺骸を葬らず、腐り行くその肉を惜しむあまり喰らって、人の味を知り、ついに鬼となって村を襲うようになったという。

事情を知った禅師は、鬼を諌めんと、翌日その山寺へ向かった。
参道は荒れ、寺はすでに朽ちていたが、堂に髪を振り乱した垢だらけの男が一人住んでいた。
禅師が男に曰く、「付近に鬼が出ると聞き誅さんと来たが、とんと鬼と思しき者を見ぬ、ついては鬼を見出すまでここに泊めて頂きたい」
男が応えて曰く、「高徳の仏弟子とお見受けする、恐ろしい鬼にあなたが食われるのは忍びないのでお帰り願いたい」と。
しかし、禅師は強いて堂の隣室を借り、座して夜を待った。

夜になると、堂からガタガタと音がし、男がこちらに向かってくる足音が聞こえ始めた。
やがて足音は部屋の前で止まり、障子がさっと開くと、目を燃えるように赤くし、髪を逆立てた男が飛び込んできた。
その様相はまさに鬼であった。
しかし、鬼の目には禅師の姿は映らない。

「おのれ糞坊主、いつの間に逃げおったか、骨の髄まで啜らんと思うたにっ!」

鬼は生臭い息を吐きながら、床下から天井裏まで禅師の姿を求めて探し回った。

やがて朝日が挿してきた。
すると、禅師の姿が部屋の真ん中に浮かび上がった。
禅師は鬼に向かって呼びかけた。

「私は一晩中ここにいたぞ、鬼道に落ち濁ったおぬしの目には仏に仕える者の姿が見えなかった道理じゃ」

それを聞き、鬼ははらはらと落涙すると、「私は人の肉を食らい生きて来ました、今上人様に誅さるるもまた道理でございます」と神妙に申した。

禅師は、鬼に青い頭巾を被せると、「江月照松風吹永夜清宵何所為、この句の深意をとくと考え、仏心を再び求めよ、句の意を掴み得るまで頭巾をとってはならぬ」と諭して山を下った。
以来この村では鬼が出ることは無くなった。
※【江月照松風吹永夜清宵何所為】=自然はそのままで清らかであり、人の性もまた本来清らかである。

一年の後、禅師が再びこの村に立ち寄り山寺を訪れた時、ふと吹いた風の中に「江月照松風吹永夜清宵何所為」と詠ずる声が聞こえた。

堂を覗くと、青い頭巾を被り座禅したままの白骨がある。
禅師が頭巾を取り、白骨を錫丈で軽く叩くと、日に当たった氷のように、たちまち骨は崩れ落ちて、風とともにかき消えてしまった・・・とのことである。