山って神聖な場所と思われがちですが、私はそうは思いません。

ちょっと前まで、私はよく学生時代の友人と山に登ったりしていました。
ある日、自分のナップザックにお葬式用の塩が入っているのを見つけます。
私は1つのナップザックを仕事・休日問わず使っているので、きっとどこかで紛れ込んだのでしょう。

ちょっと考えてから、神聖な山に登るんだから身体を清めようと、私は封を切って自分の身体にかけました。
友人たちは「山で清められるんだから、塩なんかいいじゃん」と笑っていました。

私が友人について歩いていると、だんだんと友人の呼吸が荒く激しくなります。

「おや?まだそんなに激しい道じゃないのにな?」と思いながらも、少しおかしいので「だいじょぶ?」と声をかけてみました。
友人は振り返り、血走った目と無駄に大きな声で「うー、良い風だぁ!」と答えます。
目は焦点が合っていません。

ビックリして他の友人に異変を知らせようとすると、その友人も同じような異変を起こしています。
しかし、誰一人としてお互いの体調の変化を口にしません。
冷静になって周りを見ると、他の登山客も、私以外のみんなが同じです。

「きっと、自分に体力がついてきただけだ」と思い直し、再び私は山を登り始めました。
しばらくはこの事を忘れることができたのです。

いくらか歩いた後、休憩ということになりました。
私たちは木陰で腰を下ろそうとしましたが、再び異変に遭遇します。
涼を取ろうと向かった木陰が・・・・・・木陰が逃げて行くのです。

逃げた影は細かくちぎれ、わらわらと友人たちの方へたかりはじめました。
まるで、友人の影を食い散らかすように、地面を50cmくらいの影が舞うのです。
追い越してゆく人の影にも、ブンブンと音が聞こえるくらい纏わりついて。

ゾッとして友人に知らせようとしたとき、全ての影がピタリと動きを止めました。
私は心臓を鷲掴みにされたようにビクッとし、硬直してしまいました。
影たちは再びゆっくりと、今度は全部が私を目指して近づいてきます。
人に助けを求めようとしたのですが、友人も登山客も、焦点の合っていない目で私の方を向いて息を荒げているだけでした。

よく見ると影は、人の影に見えなくもありません。
それが集まりに集まって、私の周り1mぐらいを空けて密集しています。
影の通りに人がいるとすれば、周りをぐるりと囲まれている状態です。

危険を感じ逃げようとすると、影たちは道を開けるのですが、直ぐに私を遠巻きに包囲します。
気のせいか、圧迫感をも感じ始めます。

私はふと、「ある村で異邦人が村のタブーを口にして、村人に追われる」という映画を思い出しました。
友人は「○○、どうしたー?」と言ってくれます・・・血走った焦点の合わない目で。

皆さん、私を罵って下さい。
私はそのとき耐え切れず、我が身可愛さに友人を捨てて走って下山しました。
友人が「おい、どうしたー!?」と追ってくることにすら恐怖して・・・。

後日、当然のことながら一緒に山を登った友人に詰問されました。
私は、信じてもらえなくてもいいからと、ありのままを話しました。

友人は、その日に異常な疲れを感じたこともあり、信じてくれました。
と同時に、私はここ一番で友達を見殺しにするチキンと認識されました。
交友も途絶え、今、友人と呼べるのは仕事仲間だけです。
私はそれを素直に受け止めなければいけないと思っています。

あの山の、影の正体はわかりません。
知りたくもありません。