学生の頃、私はデザイナーを目指していました。
しかし、学業も専門分野の勉強も上手くいかず、いつしか死にたいと思うようになっていました。
今で言う、鬱だったのかもしれませんね。

真夏のある日、私は友人の勧めで自然に触れて気分転換しようと山に行きました。
なるべく自然がそのまま残っている山を選んで登っていると、心が晴れるどころか、この山に同化して消えたいという思いがどんどんと膨らんできます。

私の足は自然に山道を逸れ、藪を掻き分けながら進んでいました。
しばらく進むと、急に目の前が開け、小さな池(?)が現れます。
その池はとても綺麗で、怖いとも思いましたが、私は気の向くままに服を脱いで池に入ってみました。

今考えると、一応は年頃の女が、素っ裸とは考えられません。
自暴自棄でした。
死にたいと言いながら、本当は、何か自分の中でスイッチが入って欲しい、そのスイッチ(の弾み)で変わりたい、そう思っていたのです。

水の中を漂っていたら、目の前を大きな藻だか海草のようなものが横切りました。
不思議に思って水面に顔を出すと、急にその藻が競りあがってきました。
それは、藻や草を浴衣のようにまとった色白の女性でした。
河童!?という推測が思いつきましたが、それよりも高貴な雰囲気です。
変ですが、私はかぐや姫を連想しました。

しかし次の瞬間、その女性の真っ赤な口がニヤリと開き、ザザザと水面を移動して向かってきました。
水際まで逃げたのですが、そのままのしかかるように押し倒されます。

私は必死になって逃げようと暴れましたが、両手が身体を包み、しっかりと抱きかかえられてしまいました。
閉じた両足の間に、女性のヌメヌメした足らしきものが割って入り絡みつきます。
そしてあろうことか、口に齧り付かれました。
口付け、という感じではなかったのですが・・・。

続いて藻や草がどんどん私たちの上に積もり、真っ暗な藻の中に取り込まれてしまいました。
闇の中では、私の口を貪る女性の「ん゛ーーー!ん゛ーーー!!」という唸り声が聞こえます。
凄く生臭かったのを覚えています。

しばらくパニックで動けなくなっていましたが、いくら恐ろしくても、同じ状況が続くと人間は冷静になってくるものです。
口を塞がれたまま、私は「ここで死ぬのか」「もっと頑張りたかった」と思いました。

すると突然・・・闇の中で解放され、耳元で囁かれました。

「・・・たら、迎えにいくぞ。いぶきをとるぞ」

気がつくと、池の側で服を着て倒れていました。

時計を見ると、1時間前後ほど経っています。
私は不思議な気持ちのまま、まるで操られるように下山しました。

何人かの親しい友達に話してみましたが、大抵は日射病だと言われます。
その後、私は一生懸命にやり直して、今は小さい店でデザイナー見習いをしています。
カウンターを預かって色白の女性が店に入ってくるたび、私は思い出します。
あの女性(妖怪?)は、何をしたら私を迎えに(殺しに?)くると言ったのか。
残念ながら、あの時は聞き取れなかったので気になっています。

怖いという気持ちはありません。
どちらかと言うと、日増しにもう一度逢いたい気持ちが増してきます。
あれは、私を元気付けようとしてくれた山の神様・・・?なんて思うのは都合が良すぎでしょうか。

いつか、もう一度あの場所へ行ってみようと思います。
危険なのは、わかっているんですが・・・。
逢いたいと、思うのです。