俺が通っていた高校はまさにオカルトの宝庫だった。
山を均ならして建てたらしいが、そこにはもともと墓があったとか。
でも、寺と併設された墓地とか、ちゃんと区画された霊園がなく、田んぼの脇とか山の斜面とか、様々な場所に墓があるような地域だし、墓を移すことは珍しいことではなかったと思う。
そこにあった墓は手順を踏んで移したらしいし、無縁仏も供養したと聞いた。

でも、まあ出るんだわ。
生徒も幽霊を信じないやつはいなかった。
というか、信じる信じないの話じゃなくて、最早生活の一部というか、ふつうにいるものって感じだった。
俺も在学中にはいろいろ体験したが、その中でも一番怖かった話をしたいと思う。

俺はその日の放課後、図書委員会の仕事でひとり残っていた。
生徒が普段使う校舎は、北から本館、1棟、2棟、別棟とあり、図書室は最南端の別棟3階にあった。
この別棟は全棟中でもかなり出る方で、図書室は目撃談が絶えないスポットだ。

他の委員が帰り、ひとりで作業をしていると、お約束のように室内を走り回る音や本棚から本が落ちたりするくらいはあったが、もういつものことなので、それ程気にはならなかった。
仕事が片付き、図書室を出たのが6時半くらいだった。
6時を回ると別棟1階階段のシャッターが閉められ、別棟からの出入りが出来なくなる。
外に出るには別棟の4階、3階、2階から2棟に繋がる渡り廊下を通り、更に1棟に移らなければならなかった。
放課後の別棟、2棟は部活で教室を使う生徒もいない。
人気のない静かな廊下を夕日が赤々と照らしていて、気味が悪いことこの上ない。

その時俺は便意を覚えていた。
作業を途中で中断するのが嫌で行かなかったが、歩くたびにそれを後悔するくらいの尿意だった。
渡り廊下を渡ったすぐのところにトイレがあり、俺はカバンを廊下に置いて左手の男子トイレに駆け込んだ。
節電のためトイレの電気は基本的についてなくて、中は薄暗い。
しかし、奥にあるスイッチをわざわざ点けに行くのも面倒だったし、照準が合わせられない程真っ暗ってわけでもないから、そのまますることにした。

一番入り口に近い便器の前に立ち、ベルトを外していると、奥の個室から水を流す音が聞こえてきた。

ジャーッ。

ちょっと振り返って見てみると、ドアが半開きになっていた。
鍵をかけなければ全開になるはずだ。

「誰かいるのか?」

奥の個室を見ていると、また水を流す音がした。
トイレの水が流れなくなったり、勢いがなくてブツが流れなかったりするトラブルがよくあったし、大方それだろうと俺は思った。

そこでまた流す音。

ジャーッ。

俺は急激な尿意以上にそれが気にり、ベルトを中途半端に外したまま、その半開きの個室を見ていた。

ジャーッ。
ジャーッ。
ジャーッ。

流水音は一定の間隔でいつまでもトイレに響いていた。
いくらなんでも長すぎるだろ、どうかしたのか?
それとも故障か?
そう覗き込もうと前身を乗り出した瞬間だった。

個室の暗がりから手が飛び出し、タイルの上にびしゃりと落ちた。
やせ細って骨と皮になった手だ。
突然のことに呆気に取られていると、その手が床を這いずって個室から出ようとした。
濡れたガリガリの指がもぞもぞと蠢くのを見て、全身の毛穴がブワッと開いた。

途端に弾かれたように駆け出し、トイレから転がり出た。
緩んだズボンに足をとられそうになりながらも荷物を抱えて廊下を疾走した。
そのまま1棟へと続く渡り廊下を駆け抜けた。

実はトイレを離れたところでもう恐怖はけっこう薄れていた。
それでも俺が走っていたのは、再び尿意が襲ってきたからだ。

しかし、さっきのトイレに入るのは絶対に嫌だ。
そうなったら渡り廊下を渡った先の1棟の同じ階のトイレが最も近いのだ。
恐怖と尿意でおかしくなりそうな俺はその勢いで向かって左のトイレのドアに突進した。

しかし、そこにも先客がいた。

またも突然のことに俺は立ち尽くした。
学校中に響き渡りそうな金切り声。

俺の声じゃない・・・。

混乱していた俺は忘れていたのだ・・・1棟と2棟の作りが逆になっていることを。
2棟では男子トイレは左側だが、1棟では右側だった。
前をくつろげた状態で女子トイレに猛進した俺はまさしく変態だった。

結局、そこからも逃げ出し、駅のトイレに向かったが、間に合わなかった。
高校生にもなって漏らしたと思うと泣けた。

この高校では本当にいろいろな体験をした。
この後、女子トイレに飛び込んだ変態として話題にならないか不安だったが、そんなことにはならなかった。本当に良かった。