俺が高校の時の話なんだけど、実は俺、当時TVにも取り上げられるような大事故(大事件)に遭遇して、生死の境を彷徨ったことがあるんだ。
特定されたらアレなんで具体的な話は避けるけど、顔とか刺されまくって、元の顔が分からないくらい腫れ上がって、アンパンマンみたいになったことがあるんだよ。

家は裕福でもなけりゃ貧乏でもない普通の家だからさ、集中治療室から出れるようになったらそのまま大部屋に移されたんだけど、しばらくは起きてられる時間が一日30分が限界とか、そういう生活が続いてた。

両手の筋を切られて手も使えない歩けもしない・・・というか動けない。
そんな入院生活の時の話。

隣のベッドで寝てたのは60後半くらいのじいちゃんでさ、孫のように扱ってくれて、いつもリンゴやらミカンやらくれてて、寂しいとかそういう感情はなかったんだよね。

「これが元の顔ですよ」とか言って写真見せたりして、結構仲良くやれてたんだ。

ただね、彼には変なことが起きていた・・・。

夜、いつも決まった時間に、フランス語?(ちょっと曖昧、英語ではない)ですごい怒鳴るんだよ。
誰もいない場所、空きベッドに向かってね。
最初はぶったまげたけど、普段の人の良さから見ても悪い人じゃないし、精神病なんだと決め付けて、知らない体を続けてたんだ。
関係は崩したくないし、両親が忙しい、大事件に巻き込まれた俺にとって彼は唯一の『優しい他人』を実感できる身近な人だったしね。

だから夜中に度々繰り返される怒声は我慢した。
他のベッドの住人は、嫌がりつつも触らずの距離を保ってた。

そんなある日。
また彼が夜中のいつもの時間に怒声をあげたんだよ。
しかも今度は日本語でね。

じいちゃん「この子は連れさせていかんぞ!~~~も~~じゃない!」(~部分は聞き取れなかった)

それを聞いて不覚にもちょっと感動しちゃってさ、『あぁ、この人は精神病を煩っても俺を大事に思ってくれてるんだぁ』ってね。
『明日からもっとやさしくしてあげよう・・・』そんなこと考えながら眠りについた。

翌朝に彼は冷たくなっていて、看護師さんがそれに気付いたんだけど、嘔吐物が喉に詰まってそのままっ・・・てことらしい。
すごい喪失感と、俺が気付いてあげられてたら、みたいな感じで相当へこんでたのね。

でも俺さ、実はその後に見ちゃったんだよ。
整理されたじいちゃんのベッドの下に、一瞬見えてスッと隠れて消えた子供のような小さな足をね。

いるはずないんだよ・・・。
子供がいたら気がつかない筈がないんだよね。
それを見てからもうどうしようもなく怖くなっちゃってさ、泣き喚いて部屋を変えてもらった。

部屋を変えてからそんな不思議なことも一切無くなったけど、どうしてもあの病室にだけは足を運べなかった。

今でも、当時いっぱいいっぱいで亡くなったじいちゃんに手も合わせられなかったことを後悔してる。