すると彼は少し振り払うように腕を動かし、私はその感触もあってか手を離すと、とぼとぼと玄関の方へ歩いて行き、ドアを開けて出て行きました。
私も少し待って下のマンションの玄関あたりを観察しようと思いドアに向かうと、部屋とドアの間にあるトイレのドアが、ドォン!!!と激しい音を立てました。

私は少し警戒しながらトイレのドアを開けましたが、誰もおらず、いつもと変わらぬ光景でした。
すると次は、流しの上の観音開きの小さな戸棚から、ドォン!!と激しい音が。
なんやねん!と思いつつもその戸を開けてみると、そこには30代後半くらいの男性の顔があり、じっとこちらを見ていました。

私もその男も、じっと少し睨むような感じで、お互いの目を見ていました。
そして私はなんとなく、「どうせなんか言うても黙ってんねやろ」と口を開き、戸棚を閉じました。

その後、夕方まで特になにも起こらず、少し睡眠をとったりした後、当時勤めていた職場であるお店に向かいました。
そこでよく「この店は出る」などとよく言っていた、自称霊感がすごい大学生のアルバイトの女性(Hさん)に、昨晩泊まった心霊スポットについて尋ねました。

私「Hさん、◯◯(心霊スポット)っていったことあります?」

女性H「あるよぉ。あるけどもう絶対行きたぁない!」

私「やばいんですか?」

女性H「やばいやばい、絶対やばい!あそこ行くん!?」

私「行かないですけど、地下がやばいとかって聞いたんですけど」

女性H「だって地下で死んでんやろ!?」

という風なやり取りをした後、あそこはどういう場所か知っているか?と聞くと、更正施設(?)のような所で、どうしようもない不良や、知的障害の人等が収容されてたとかなんとかと、聞いた話で確信はないが、という風な感じで教えてもらった。
これも有名な話らしかった。
私は少しだけ自分の考えと繋がった気がして、坊主頭の彼を思い出した。

仕事中、携帯電話は基本事務室に置いていたのですが、アルバイトの従業員が「なんかずっと鳴ってますよ」と、私に報告してきました。
私はなんだろうと思い、携帯の着信を確かめに事務室に向かうと、確かに携帯は、まだ着信のバイブレーションで震えていました。

『あ、繋がった』

それは先輩Aからの着信で、出てみると、『なんか(友人)がずっとおかしいねん!!頼む、ちょっと来てくれ、頼む!!』と、必死に懇願してきました。

その後ろから、叫び声がずうっと聞こえてきていました。

これは只事ではない!と思い、オーナーに電話をかけ許可を取り、他の従業員に「少し頼みます」と事情を説明した後、友人の家に向かいました。

友人も一人暮らしで、先輩2人と先輩Aの彼女の3人は、よくそこを溜まり場にしていました。
そしてその日も、4人でその部屋に居たようでした。

あまり離れていなかったこともあり、30分弱で友人宅に着きました。
部屋に入ってみると、「あああああ!!」とひっきりなしに叫んでいる友人と、友人を抱えた先輩B、泣きはらした顔の先輩Aの彼女、飲ませようと思っているのか、水の入ったコップを握り締めた先輩A、知らないおばさん(後で聞くと大家さんでした)の5人がそこにいました。

私は先輩Aに、「こいつ知らん所でクスリでもやってたんか」と、攻めるような口調で尋ねました。

先輩Aは「そんな事するわけないやろ!!とり憑かれたんちゃうんかこれ!?」と、半ばパニックになったような感じで、「なんとかなれへんのか!?」と私に言いました。

そう言われてもどうしていいのか分からない私は、とりあえず先輩Bに代わって友人の肩を掴み、「(友人)、どないしたんや。落ち着け」と声をかけました。

しかし、友人は私の声など聞こえていないようで、叫び声を上げるだけでした。

以前、友人の姉が狐にとり憑かれた、という話を聞いたことがありますが、それも友人が、心霊現象が苦手な要因になっていることもあるのだろうと、「大丈夫や、こんなもん気の持ちようや。しっかりしろ」と、耳元で声をかけました。

しかし、友人は叫び声を上げるだけでした。
口の端が泡だってきているほどでした。

たまりかねた私は、「黙れ、落ち着け!!」と大声を上げて怒鳴り、髪の毛を掴んで顎をしゃくりあげました。
すると、友人は叫ぶのをやめたかと思うと、「ふぅぅううっ!!」と甲高い声を上げたかと思うと、私の腕に顔をうずめるようにしがみついてきました。

私は友人に、「どうした、もう大丈夫なんか」と聞くと、友人は顔を埋めたまま首を横に振りました。

「とりあえず水飲もう」と友人から離れようとすると、叫び声をあげ私の名前を二度叫び、「離れんといてくれえ!!」と泣き声で言いました。

しかたなく私は、その状態で30分くらいの間じっとしていました。

ある程度落ち着いた友人が、子供のようにせがむのをなんとか言い聞かせ、先輩Aの彼女に代わりに様子を見てもらい、先輩A、Bの二人と大家さんと部屋の外へ行き、大家さんにひとしきりお詫びして、3人で話し合いました。(大家さんは、近所の苦情があったのと、隣に住んでいたため来たようです)

私は「やっぱり◯◯行ったせいかな」と、先輩Bにも足を掴まれた件を話し、部屋にいたジャージの男や、戸棚の顔についても2人に話しました。
すると先輩Bが、「お前が怒らせたからちゃうんか」などということを言い出しました。

私「怒らせたって、泊まったから?」

先輩B「なんかしたんちゃうんか」

私「寝ただけやがな」

先輩B「それで怒ってんのちゃうんか」

私は「幽霊を?」と少し笑いながら尋ねると、先輩Bは急に「もういやや」と頭を抱え、タバコを吸いだしました。

私は少し呆れながら、先輩Aに「どうする?」と尋ねました。

先輩A「お祓いしてもらうしかないんちゃうんか」

私「あんなもんアテになるんかいな」

先輩A「だってそれしかないやろうが」

私「怒ってんねやったら、謝ったらええんちゃうん」

先輩A「誰によ」

私「◯◯(心霊スポット)行って、幽霊に」

先輩A「おい、また行くんか!?」

私「だって家かえって、ジャージとかがまた出てくるかどうか分からんし」

先輩A「絶対嫌や行くんだったら一人で行けや」

私「別に来いゆうてへんがな」

・・・というやり取りをして、「また(友人)が叫びだしたら電話して」と先輩Aに頼み、私は自分の家に車を取りに戻り、廃墟へ向かいました。

夜中だったこともあり、自分で運転してみると、廃墟へ向かう山道はなかなか際どいカーブなどがあって、一層危険に感じました。

一度道を間違えましたが、なんとか昨日の廃墟に着いた私は、そこでライト等を何も持ってきていないことに気付き、とりあえず外側から廃墟に向かって、「すみませんでしたー」と少し大きめな声で一声かけました。

・・・が、何も反応はありません。

「なんか反応してよ・・・」と独り言をつぶやいた反面、「俺なにやってんねやろ」と、少し気恥ずかしい感じでもありました。

私は携帯電話の明かりをあてながら廃墟を歩き回り、「一晩泊まったからって、そんな怒らいでもええやんかー」「帰れーゆうてくれたら、歩いてでも帰ったのにー」と、誰もいないのに、独りで言い聞かせるように話しました。

正直、ほとんど明かりもないのに行くのは嫌だったのですが、「やっぱり地下なんかなあ・・・」と思った私は、地下に向かうことにしました。

地下に向かうと、前には感じなかった人の気配を一気に感じました。

「おおっ、これは・・・おるなあ」と、気丈に振舞うためかわざと口に出し、「いきなり後ろに立ってるとかはやめてね」と言い、地下の真ん中あたりまで歩きました。

ほとんどなにも見えず真っ暗でしたが、そこで立ち止まり、「もう来えへんから。ごめんね」と、誰かに言うように言い、少し待ちました。

しかし何も起きず、更に10分くらい待っていると、気配もなんとなく無くなった感じがしました。
なので、最後に「出てくるんはええけど、俺のとこだけにしてね」と言い、地下を出ました。

車に戻り、少しだけ廃墟の外観を眺めた後、山を降りるため車を走らせました。
運転しているのに足を掴まれては敵わないので、できるだけスピードを落として走行していました。

すると今度は、後部座席から肩を掴まれました!

最初は掴むだけで、どんどん爪を立ててくるような感じで、私は「いったぁ・・・」と言いながらも、事故を起こさないよう、できるだけ安全に、気にしないよう車を走らせました。

どんどん爪を食い込ませる力が強まり、痛みはどんどん大きくなっていきました。
そして、いつまでも爪を立ててくるその手に腹が立ち、広めの道路の脇に車を停め、「ちゃんと謝ったやんけ、調子のんなハゲェ!!」と怒鳴り、後ろを振り向きました。

暗いながらも、物凄く剣幕な顔をした女性が、私の肩に手を伸ばしているのが見えました。
心の中では、うわぁ・・・こっわぁ~~・・・と思いながらも、その女性を真っ直ぐ見つめ、「なんやねん」と機嫌が悪そうに言うと、爪を立てる力がかなり緩くなり、やがて触れられている感触もなくなりました。

とりあえず私は、「いや、ホントすみませんでした。もうあそこ行かないですから」と言い、「じゃあ僕前向くんで、その間にどっか行ってね。お願い」と言い、前を向いて、車を走らせました。

曲がり道が減ってかなり安全になってから、後ろを振り返ると、その女性はいなくなっていて、ホッとしました。

二日後、また先輩Aから電話が掛かってきて、友人が叫びだしたと言われ、友人宅へ向かいました。
私は横になり叫ぶ友人を見下ろしながら、「もうええってお前。落ち着け」と声をかけても、一向に叫びやまないので、「お前ホンマ、静かにせえへんと本気で殴るでー。はい5、4、3」とカウントすると、友人は静かになりました。

「何やお前それ、くだらん演技すなよ」と呆れたように言う私に、友人は「演技じゃない。急に意識が戻った」と訴えかけてきましたが、私にはどちらでもよく、その後、友人がとり憑かれたかのように叫びだすことはなくなりました。

お話は以上です。
今でもたまにおかしなものが見えたりしますが、私は元気です。