彼は爺様の代から続いた三代目の大工である。
そんな彼の父親である二代目師匠は先日、職場で亡くなられた。

肉親という感覚以上に、師匠として父親を非常に尊敬していた彼は、暇を見つけては、初代と二代目が眠る墓によく墓参していたという。

その日は上棟の翌日で、「現場で滞りなく工事が進みました」との報告を兼ねての墓参だった。

よく晴れた昼時。
念入りに掃除をし、お供え物を並べ、手を合わせていると、不意に生臭い空気が流れてきた。

師匠への報告の途中だったので、気にしないようにして手を合わせていると、「ヒャハハハハハハ!」と甲高い、女のような赤児のような笑い声が背後から響いた。
墓参を邪魔する不逞の輩に怒りを感じた彼は、カッと目を見開いて思わず振り向いた。

そこには誰もおらず、生臭い空気が一層濃く漂っているだけだった。

「まったく・・・」

墓前に向きを戻した時、彼は息を呑んだ。
猿のような体に、目のつり上がった女の顔を持つ奇っ怪な者が、墓石の上に座り、真っ赤な歯を覗かせて笑っていたというのだ。

彼は激しい怒りに身を震わせ、「どけや!!!」とその者のスネに拳を叩き込んだ。
かすかに手応えを感じたが、その者はパッと消えた。

呆然としていると、またも背後から笑い声が・・・。

彼が振り向こうとした瞬間、「振り向くな!」という二代目の声が聞こえたという。
彼はハッとして、ただ黙って手を合わせ始めた。
脂汗をかきながら一心に手を合わせていると、いつの間にか生臭い空気は消えていたという。

車に戻った彼は携帯を取りだし、見知った神主に連絡を入れた。

神主『よう!地鎮祭かい?』

呑気な神主の声を遮るように彼は叫んだ。

彼「奥津城(神道のお墓)の上に化け物が座ってた!すぐお祓いしてくれ!」

それから日も空けずにお祓いが行われ、それ以来何の怪異もなく無事に済んでいるという。
神主は「いい師匠を持ってよかったね。あの時振り向いていたら、今頃あんたもここにいたかもね」と、綺麗に手入れのされた奥津城を眺めていたという。

化け物に遭遇した日、帰宅した彼が奥さんや子供に隠れて、小便にまみれたズボンを洗ったのは内緒の話らしい。

馴染みの飲み屋で彼が言う。

彼「40近い男が情けねえ。今度遭ったらあの野郎、タダじゃおかねえ!」

また遭ったら困るだろうに・・・と思いながらも、また小便のついたズボンを洗う彼の姿を想像すると、私は思わず笑いが込み上げてきた。