八月も終わろうとする頃、夜風が少しだけ涼しく感じる。
窓を開け、海風を受けながら新見(体験談の主人公)は車もまばらになった国道を走っていた。

新見「今日はこれで終わりだな」

誰に聞かせるともなく、独り言をつぶやきながら、あることを思いだした。
廃業になったホテルサンセットのすぐ目の前にはトンネルがあり、どこにでもあるような怪談があった。

白いセダンで通るとトンネル内で女性が見える、とか、クラクションを2度鳴らすと何か見えるとか。
そして、ホテルサンセット自体もその影響で、泊まると幽霊が出るとか良からぬ噂がたち、何度か改装・改名したものの、段々と客足も遠のき、ついには廃業となった。

新見「まさか、幽霊だったりして・・・」

口に出して、ちょっとだけ寒気がした。
ただ、今まで新見はその手の物を観たことがないし、わざわざ予約してくる幽霊なんておかしな話だ。

そうやって、色々と考えながら走るうちに目的地は近づいた。
次のカーブを曲がれば見えてくる。

薄暗くオレンジ色の光を漏らしているトンネルの入り口に、寂れた建物。
怖い噂を知らなかったとしても、一人で待っているには男でさえも躊躇するような状況。

その時・・・。
20代前半の女性、白のブラウス、ピンクの膝丈までのスカート、ヘッドライトに浮かび上がった。

新見は少し手前から車を徐行させ、その女性の全身を確かめるように見た。

新見「足もちゃんとあるよなぁ」

どこかで恐怖心が残っていたのを、払拭するようにつぶやいて女性の前でドアを開けた。

新見「こんばんはどちらまでですか?」

女「こんばんは◯◯団地までお願いします」

ごくごく普通の目的地。
この近くにはまばらながらも住宅はあるし、そこからの帰りなんだろう。新見は少し安心した。

新見「はい◯◯団地ですね」

車をUターンさせ、もと来た道を引き返す。
ここから15分ほどの距離。

女「すいませんこんな所に呼び出してしまって・・・」

新見「いえいえさすがにこの時間は車自体通らないですからね。外でまたなくても、お宅から呼んで頂ければ調べて迎えに来たんですが・・・」

新見はいつも通り愛想良く会話を続けようとした。

女「道路まで出たら、タクシーが通るかなって思って。でもなかなか来ないから呼んじゃいました」

新見「そうなんですか。でもあんな所で待つのは怖くなかったですか?」

女「さっきまで友達がいてくれたので、大丈夫でしたよ」

新見「あ、そうだったんですか。でも、あそこは・・・」

良くない噂があるって事、を言おうとして新見は思いとどまった。

女「ん?なんですか?」

新見「いえいえ何でもないです。それにしても、やっと涼しくなってきましたね」

女「そうですね」

他愛のない会話が続く。

新見は、普段から乗客の顔をまじまじと眺めることはしない。
ミラー越しであっても、目があったりするとなんとなく気まずい気がする。
でもこの時は、こんな状況で乗り込んできた女性に少なからず興味があった。

落ち着いた感じの化粧っけの無い顔。
経験上の予想では、主婦とか教師とか・・・。
とにかく見られることを意識している風ではない。
どちらかと言うと新見の好みの部類だ。

若くて刺激的な格好をする女性とは、どうも話が合わない。
一通り観察した後、新見は視線を前方に集中し、会話を続けていた。
ところが、会話を続けるうちに少しずつ違和感を感じ始めた。

女性の受け答えが少しずつ遅れはじめる。
言葉も途切れ途切れ。

気分が悪くなったのかも知れない、そう思い始めた頃、新見は気が付いた。
女性はシートに深く腰掛け、口は半開き、目はうつろ。
そして・・・、その手は明らかにスカートの中にあった。

何気ない会話をしながらも、この女性は自慰行為をしているのだ。
今までにも堂々といちゃつくカップルに見せつけられたことはあるが、さすがに女性一人でというのは初めてのことだった。

会話は続いているのだが、じょじょに会話に吐息が混じる。

世の中には色んな趣味の人間がいる。
この女性はタクシー内での自慰行為で明らかに興奮している。

新見は何も気が付かないふりをしながらも、動揺すると同時に興奮していた。
真面目そうな外見の女性が、タクシー内という密室で自慰行為をしている・・・。
不幸にも新見は勤務中であり、GPSにより会社から縛られている。
何にしてもうかつに手を出せば、手痛い社会的制裁が下ることだって考えられる。

とにかく今は、目的地まで走らせるしかない。

女性の淫らな行為を記憶に焼き付けるように、耳をそばだて、ルームミラーでその表情を見ながら会話は続いていた。

じょじょにスカートはめくれ上がり、会話は吐息の方が多くなった。
卑猥な話をしているわけではない。
会話の内容は、あくまでも世間話。

一度でも卑猥な方向に向かえば、新見自身の抑えが効かなくなる。
ミラー越しに見られていることは女性も気が付いていると考えれば、女性自身このアンバランスな状況を楽しんでいるのだろう。
スカートの奥、女性の手元が見えそうになる。
それこそ、この状況を考えれば、下着をはいてないのかも知れない。

会話が吐息で支配されようとする頃、目的地に到着した。

女性はまだ少し荒い息を整えるようにしながら、運賃を払い、降りていった。
一つだけ気にかかるのは、5円玉を10枚、穴に糸を通してある不思議な小銭の払い方だった。
タクシーで10円未満を使用するお客様は珍しい。
それも結んである5円玉なんて。

でも、そんなことより新見は興奮する気持ちの方が大きかった。
タクシーを近くの公園に停め、トイレで自慰行為をした。
やっと気持ちを落ち着かせ、一休みして会社に戻るつもりだった。

たぶん、知らない内に寝てしまったんだろう。
新見は車内でふっと意識を取り戻した。
同僚から『先に上がるよ』とメールが来たのをきっかけに覚醒した。
時間を見ると3時。
何かがおかしい。

さっきの女性を乗せたのが3時過ぎ。

新見「あぁ、夢だったのか・・・。俺も欲求不満なんだなぁ」

メーターを操作することで、本日の累計データが閲覧出来る。
実車回数29。

間違いない。
やっぱり夢だったのだ。

データは自動的に更新されるのだから、事実しか表示されない。
今日はもう切り上げることにして、会社に車を走らせる。
途中で女の子2人組が手を挙げた。

相当、飲んでいる雰囲気で出来上がってる。
そして「あれ~?こんな物が落ちてますよ~?」

女の子が手にしたのは、女性物の黒いレースの下着。

新見は動揺したが、今までにあった入れ歯やペットなどの不思議な忘れ物の話をして、その場をごまかした。

ワンメーターの距離を走り、今度こそ会社に・・・と思っているとき「425の新見さん、◯◯団地まで所要時間をお願いします」と、個人指定の場合の予約は、データ配車ではなく音声でセンターから呼び出される。

新見「◯◯団地・・・」

新見はなんだか少し怖くなった。

新見「すいません、他に予約があります」

予約などない、後は会社に戻るだけなのだが、嘘を付いた。

「お客様から場所の変更です。すぐ後ろにいらっしゃるそうです」

新見「!?」

団地から現在地まで10kmはある。
すぐ後ろ!?
そして新見はルームミラー越しにあの女性と目があった・・・。

女「んっ・・・ぁ・・・ホテルサンセッ・・・ト・・まで・・・ぁっ・・・お願いし・・・んっ・・・ます・・・」

女性は恍惚の表情で、目的地を告げる。
新見は何が起きたのか分からなかった。
ただ、本能的な恐怖が彼を襲っていた。

女性の言葉を無視し、彼は会社まで走らせていた。
その間も、後部座席からは吐息が聞こえ続ける。

会社にたどり着き、社内に設置してある洗車機の中でやっと冷静になろうとしていた。
どうやって、会社まで戻ったかほとんど記憶がない。
ただ、今はもう洗車機の中だ。

疲れが溜まって、何か夢を見たんだと、新見はそう気持ちを整理した。
洗車機の嵐のような水しぶきの中、一服しようと煙草をとりだそうとして、何かが落ちた。

黒いレースの下着・・・。
まだ暖かい。
そして、局部的にシミが出来て湿っている。
そう、まるで今まで女性がはいていたように・・・。

そして、釣り銭用の小銭入れのに中には、10枚が糸で通された5円玉が入っていた・・・。