うちの親父から聞いた話。

親父が大学3-4年の間、男3人で小さくて古い一軒家を借りて住んでいた。
といっても、家賃をちゃんと払ってるのは、親父と鈴木さん(仮名)だけ。

もう一人の佐藤さん(仮名)はあまりにも貧乏なので、居候させる代わりに、家の掃除、ゴミ出しなどをやってもらうことにしていた。(親父と鈴木さんは、佐藤さんの困窮ぶりを助けてやろうということだったらしい)

間取りは3LDKで、LDK6畳・6畳・6畳に4畳半。
佐藤さんが4畳半。

この佐藤さんの4畳半に“出た”。
親父も、鈴木さんも、何度も見たのが、恨めしそうに正座する白髪の老婆。
出るタイミングも、朝昼晩関係なし。
多い時には一日に三回くらい見る。

4畳半の襖が開いている時、何気なく目をやると、中に白髪の老婆が恐ろしい形相で正座している。
来客の中にも見た人が5人ほどいたらしい。

ところが、その部屋で寝起きしている佐藤さんだけは、老婆の幽霊を見ない。
親父と鈴木さんが「佐藤、変なもの見たことないか?」というと、佐藤さんはきょとんとするばかり。

引っ越して1ヶ月し、親父と鈴木さんが黙っているのも悪いと思って、老婆の幽霊を佐藤さんに話した。
すると、佐藤さんは「うーん」と考えてから、みかん箱を部屋の中に置いて、上にワンカップを置いて、「先に住んでいるおばあさん、ごめんなさい。でも、俺は貧乏だから、どこにも行き場がない。だから、申し訳ないけど、大学を卒業するまでは、この部屋に住ませてもらえないでしょうか?毎日、お供え物をするのは無理だけど、田舎からお茶とお米だけは送ってくるので、それだけは供えます。バイト代が入った時には、お花を一輪と、ワンカップをひとつ買ってきます。どうか、よろしくお願いします」

親父と鈴木さんは『なに、やってんだろうな、こいつ』と思ったが、佐藤さんが真面目にやっていたので、一緒にそのみかん箱に頭を下げた。

以来、老婆の霊は出なくなった・・・わけではなかった。
相変わらず、老婆の霊は出た。

しかし、佐藤さんがみかん箱に毎日お茶を置き、ご飯を炊いたら一膳のせ・・・を繰り返しているうち、1ヶ月ほど経ったら、老婆の霊は、痩せこけた恨めしい姿から、ふくよかな微笑みをたたえた表情になっていった。
ただし、やっぱり佐藤さんにだけは見えなかったらしい。

やがて、親父たち3人は就職試験を受け、それぞれが望む職に付き、引っ越す日が来た。
遠方に住む大家さんに話をすると、親父たちが引っ越したら、「その家は取り壊してしまう予定だから、特に大掃除などはしなくていい」という。

それでもやっぱり2年間お世話になった部屋だからと、最終日それなりに掃除を済ませると、もう夜中になっていた。
3人が最終電車に間に合うようにと、玄関を出て、最後に揃って振り返ると、佐藤さんが「あっ!」と声を出した。

佐藤さん「お前らが言っていたおばあさんって、あの人か?」

やっと、佐藤にも見えたか!と、親父と鈴木さんも見たが、おばあさんはどこにも見当たらない。

佐藤さん「ほら、あそこ。俺の部屋で手を振ってるよ。ありがとう、おばあちゃん!」

そして、親父と鈴木さんが見えたのは、家の屋根からスゥーと上っていく人魂だった。(人魂は、佐藤さんには見えなかったのが不思議)

今から30年前、東京都板橋区でのお話でした。