畜豚業を営む知人の妻の姉には義弟がいたが、その家は養鶏場をやっていた。

養鶏場も大変な苦労があるが、そこに住む子供たちが嫌がる悩みに蛇が登場する。
鶏卵があるので鶏舎付近にはそれを狙って近づいてくる蛇が多い。
夏などは子供時分に家の中に吊った蚊帳の上にまで蛇が居たことがあるが、騒ぐ子供らを制し、家人は決して殺さなかったそうだ。
蛇は家の守りという考えがあったようで、義弟も経営を継いでからは特に忌避はしなかった。

義弟には長男がおり、大学を出た後は小学校の教員になった。
当時まだ精悍な姿だった彼を私は記憶している。
彼の住まいは実家の離れで、二階建ての下は農機具の物置、上を綺麗にして自分の根城にしていた。

彼が先生になって三年目の頃の夏のことだと思う。
ある学校の帰りに、用水路の傍で受け持ちのクラスの男子生徒たちが大勢で遊んでおり、一匹の蛇を捕まえて悪戯しているところに出くわした。
尻尾を掴まれて逃げようとする山楝蛇に危険を感じた彼は、毒がある蛇なのですぐに放すようにと
生徒たちに注意したが、なかなか応じぬ悪ガキらに苦心し、説き伏せて山楝蛇を藪に放させた。

その日からしばらくして、彼は学校から帰る途中の諏訪山と呼ばれる小山を回り込んだ道で、夕日の射す石垣を背に、“誰か待つ”ように立っている、派手な柄の和服を着た少女を見かけるようになった。

少女は皿のように大きな目で、前を通り過ぎる彼を見ては、明らかに気を引こうとする様子だったそうだ・・・。

彼は思い切って、少女にどこの学校に通っている生徒なのか訊ねてみたが、はっきりした言葉が返ってこない少女
田舎とはいえ、独りでいて何か良からぬ事情があってはと、どこに住んでいるのか?学年は?と仔細を尋ねてみたが、こちらの話すことを聞く以外は一切話さなかった少女

それ以来、少女と顔見知りになったが、自宅にしている家作に帰ると、件の少女が現れては辺りを淋しそうにうろついているようになった。
彼も気になるので話相手になろうとすると、昼ご飯は何を食べたとか、あの山のどこの沢には今年はアケビが沢山生るとか、今時の子供と話をしてる感じがしないと思ったそうだ。

特に天気に話が及ぶと「雨を呼んで欲しいのであればいつでもいい」と不思議なことを言うので・・・試しに呼んでみろと言えば、空を仰いでジッとしており、そのうちに雲が出て急に降り出した。

いつも遅くまで彼と一緒に居り、帰ろうともしないことがあるので「家で心配するから送る」と言っても、俯いて泣きべそをかいて見せたりするので、追い立てることも出来なくなってしまい、気ままにさせておくと、いつの間にか彼の万年床に入って眠ってしまうこともあったそうだ。

しばらくして、良くない噂が立った。
先生が児童買春しているのではないか?と、彼は呼び出しを受けて事実を否定し、対象も十分に確認できない為に教委の調査も進まなかった。

しかし、彼の周辺では見知らぬ少女の目撃は続いた為、彼は自ら居を変えざるを得ない運びとなった。

ある晩、「もうここに来てはいけないよ」と言うと、悔しそうに上目遣いで泪を溜めながら「どうしても子が欲しかった」と言って飛び出し、呼び掛けも聞かぬまま夜道を走ってゆくと、もうそのまま来ることも姿を見かけることもなかった。

その年10月に襲った台風21号は彼の実家の養鶏場にも多少の被害をもたらしたが、同地区の西南にある諏訪山が不可解な斜面崩壊を起こし、家屋6棟を押し潰す災害が発生した。

山上の神社から一直線に流れた土砂は、彼を最初に告発したPTA会員の家を下敷きにしてしまった。

それからまたしばらくした日の朝、鶏舎の方が騒がしいので、何事かと彼が起きて行ってみると、鶏卵を盗もうとした者を発見し、追い掛けるうちに隣の農家の老人も加勢し、籠で捕まえてみるとなんと雷鳥だった。
逆さに吊された雷鳥は「聞いた話」「知りあいの話」と奇妙な鳴き声を上げていたが、潰して食っても不味かろうということで、懲らしめてから逃がそうと言うことになった。

その時、すっかり姿を見せなかった少女が突然そこに現れて雷鳥を指差し言った。

「それが山津波を起こした疫病神だ」と言った。

そこで老人がスコップの角で雷鳥の頭をひっ叩くと、雷鳥は聞いた!と一声鳴いて死んでしまった。

それから少女と彼の経緯は知らないが、今は教師を辞めて養鶏場を継いでいるそうだ。
ひょっとすると今でも正体の知れぬ女の子との逢瀬を続けているのかも知れない。