本当の話です。
40年前、京都で大学生をやってました。
毎夜、誰かの下宿にたむろしてしょうも無いことで時間を潰してました。
梅雨の真っ只中、その夜は珍しく星が出てました。

蒸し暑い京都の夜、男女でペアを作って肝試しに行こうと話になりました。
全員がバイク乗り、夜中でしたら20分もあれば京都のどこにでも行けます。

場所は北山のうっそうとした森の中の寺、参道を歩かず獣道を歩いて社殿に行くこととなりました。

私達の番です。
夜の京都の町をバイクの二人乗りで疾走して北山の鬱蒼とした杉林を抜け、そこからは獣道を歩き始めます。
ネットリとした空気、虫の声で耳がおかしくなりそうです。
暗闇に社殿の屋根の輪郭が浮かび上がりました。

証拠の紐を巻きつけようと表にまわった時、木々の奥からコーンコーンという音が響いてきました。
彼女も私も幽霊なんて信じてません。それどころか怖がってる人を内心バカにしてました。
コーンコーン・・・だから、不思議な音を聞いて正体を確かめずに帰ることなど沽券に関わります。

コーンコーン・・・音はまだ続きます。
音の正体は動物かも知れない。
だから慎重に足音を忍ばせて少しずつ近づきました。

少し開けた場所に大きな木がありました。
白いものがチラチラ見えます。

人です。
女の人です。
何やら一心不乱にやってます。

幹に何かを打ち付けてます。
丑の刻参りでした。

藁人形に五寸釘を打ち付けてる現場を見てしまいました。
女の人は私達に気づかずに一心不乱に釘を打ち付けてます。

「うそっ!!」

連れの女性が思わず呟いてしまい、その女に気づかれてしまいました。
丑の刻参りは誰かに見られると効果が無くなるどころか、逆にさらなる不幸が呪いをかけた人を襲うそうです。

その女はユックリとこちらに近づいてきました。
フフフフと笑ってるように見えました。
さらに近づいてきました・・・相手の表情が分かるくらいに・・・。

人を憎む・・・。
夜中に山奥で藁人形に五寸釘を打ち付けるほど・・・。
そこまでくれば人間の感情は崩壊してます。

人を憎むばかりに感情が崩壊した女の顔・・・。
口は半開きで低い笑い声がきこえます。

鼻の穴、耳の穴、全身の毛穴が大きく広がってるようでした。
目は憎悪で満ち大きく見開かれこちらを睨みつけてます。

普通の人間の表情じゃありません。
女はさらに近づいてきます。
女の憎悪に満ちた視線が連れの女性に向けられました。

連れの女性は何も言いません。

ここまでです。

「ふざけんな!!この野郎!!」

「何か文句あるのか!!」

でかい声でありったけの罵詈雑言をその女に投げつけました。
私の罵声などは構わず、女の視線は連れの女性を凝視し、手が届くかのところまで迫ってきました。
彼女の腕を強引に引っ張りその場から逃げ去りました。
後ろを振り返ることは出来ず、人形のようになった彼女をバイクの後ろ無理矢理座らせ、前ブレーキを操作するはずの左手で彼女の腕をしっかりつかみ、片手運転でアパートまで帰りました。

ショックの所為なのか、連れの女性は一言も口を聞きません。
彼女のあまりの変わりように誰も口を聞くことが出来ず夜があけました。
連れの彼女は女友だちが下宿まで送りました。

間も無く、彼女はショックからか精神を病んで郷里に連れ戻されました。
表情が無くなったと伝え聞き、突然、暗闇を見て叫び声を上げるようになりました。

当初は私が強姦したのでは?と疑われました。
警察からも事情を聞かれ、次は任意出頭かと覚悟を決めてました。
その後、何も言ってこなくなりました。
私への疑いは晴れたのでしょうか?

でも、彼女の親族は私を許しては無いと人伝に聞いてます。

幽霊よりも憎悪に満ちる人間の方が何万倍も恐ろしいです。
ゴーゴンと言う妖怪は一目見ると石にされると言います。
これは実際に私が当事者だった話です。

バイクで転倒、一緒に乗ってた人に一生残る傷を残してしまうのと同じことです。
憎悪に満ちた人間の視線は、場合によっては人の心を破壊してしまうのかも知れません。

丑の刻参りの名所への肝試しは絶対に止めて下さい。
幽霊よりも恐ろしい人間がいるかも知れませんから・・・。