先日久々に帰省したら、「近所に火葬場が出来た」と母が憂鬱そうに言う。
どこかには必要な施設だし、騒音があるわけではなし・・・と、母の愚痴に慰めを言ったつもりでしたが、憂鬱の意味が少し違ったようだ。

住人の反対運動が起こることを予想したのだろう。

「役場から地域調査に来ました」と言う男が各家庭を訪れ、ある書類にサインさせたという。
のんびりした穏やかな田舎の人たちは、「わざわざご苦労さんです」と簡単にサインした。

「イナゴの大量発生はないか」「井戸水の出は良いか」と会話しながらサインを求められたという。

ところが説明会で、その書類が火葬場設置の同意書だったことが分かり、大騒ぎになった。
役場が雇った調査業者は逃げ、葬祭業者は「サインはある」と渋り、町民は撤回運動を起こした。

建設予定地の隣に住む普段控えめでおとなしい小池のおばちゃんが、涙ながらに役場と葬祭社に訴えて、近隣の皆も胸を打たれたらしい。

ど田舎で土地は余っているとはいえ、十分な面積を確保できたわけではなく、小池さんちの家庭菜園の隣にボイラー室が並び、面積を出来るだけ確保するため、塀もつくらず建設するというのだ。

「こんなに民家のそばに建てるんですか?まるで火葬場の敷地内に小池家があるようです」と、小池のおばちゃんは泣いたが、結局示談金を押しつけられ、火葬場の着工が始まった。

が、小池のおばちゃんは突然、子宮ガンが見つかり、急逝した。
断じてネタではないよ。

「その火葬場の第一号のお客は、小池さんだった」と、母が憂鬱そうに言う。
わたしも返事のしようがなかった。

小池さんちでは軽度の脳性まひのお子さんがいて、近所で協力して学校まで送迎し、普通の公立中学に通っていたが、お母さんが亡くなったのでそれも難しくなった。

去年お父さんと引っ越していき、今は空家になっていて、火葬場の弔問客や業者が、小池さんちの庭を駐車場がわりにしているという。