私の最後の心霊ツアーとなった場所で実際に起こった話。

大学時代、夏になるとバイト仲間で度々心霊スポットへと肝試しに行った。
山中の霧がかったトンネル、墓地、廃病院、貯水池、富士の樹海。
色々巡ったが、霊には縁がなかった。
だが最後となった心霊スポットは、別格であったように思う。

埼玉県北部。
暗闇で辺りはハッキリと見えなかったが、鬱蒼とした森に囲まれ街灯も舗装された道もない場所にぽつんと建つ、それは廃屋だった。
車のライトに照らされ、植物の蔓でびっしりと覆われた廃屋の敷地を囲う垣根が見えた。

人の背丈をゆうに超える垣根のせいで家屋は2階の一部を除いてほとんど見えない。
決して小さくは無い庭があることも想像できたが、とにかく車中からではほとんど窺うことが出来なかった。

程なくして私たち4人は車から降りた。

メンバー4人は全員男性。発案企画、車まで出してくれる心霊大好きSさん。
自称霊感有りのI、気が強く霊否定派のH、そして私。

「あ、ここは本気でまずいです」とIが言ったが、富士の樹海や小河内ダムの時も似たようなことを言って何も起こらなかった為、一同「またか」と聞き流した。

懐中電灯で辺りの闇を照らす。
廃屋の敷地を囲うのは、垣根と言うよりブロック塀だった。
グルリと回ると大きな門があった。
が、太い鎖でグルグルに巻かれ大きな南京錠が掛けられており、門を開けることは出来なかった。

S「門、足場がある。上って入ろう」

I「無理ですよ、入らない方がいいですって!」

H「一人で残ってていいよ。俺たちは入る」

そうこう言っているうちにSさんが門を越えた。
飛び降りるときの反動で、門がガシャーーンと大きな音をたてる。
Hも門を上り、なんだか気が進まなかったが私も上った。
結局Iも私たちについて来た。

中は酷く荒れていた。
木や腰の高さほどもある雑草、壊れた水槽、三輪車などが私の懐中電灯に照らし出された。

S「鍵かかってない」

この一言に、私もさすがに嫌な気分になった。
ふと振り返るが、闇でIの表情は見えなかった。
庭のあちこちをライトで調べていたHがSさんの言葉を聞いて戻ってきた。

H「結構豪邸だな。金持ちの家だったっぽい」

S「じゃあ入るぞ」

Sさんがドアを開けた。私たち4人は雪崩れ込むように中へ入った。
しばらくは4人固まり無言で家の中を歩いた。
もちろん土足で。やがて強気なHが口を開いた。

H「なんだ、これ・・・」

S「新しいな、なんか。人住んでるのか?」

H「だとしたらマズイでしょ今」

S「だよな」

二人は苦笑いしていた。

確かに中は外と違って荒れていなかった。
とはいえ、今も誰かが住んでいるようには感じられず・・・。
私は帰りたくなっていた。
それ以上先に進む気になれず、玄関付近の廊下まで戻り一人そわそわしていると、ポロン、ポロン、ダーーーン!オルガンの音が響き渡った。

私は絶叫して皆が居る所まで走った。

私「何今の!?ちょっともう帰ろう!」

すると自分の顔をライトで照らしたHがニヤリとしながら、ポロン・・・。

H「これだよ。Iのヤツ、ヒィって悲鳴上げて走っていっちゃったよ」

とオルガンを指差して笑った。

S「あまり大きな音出すなって。近所に民家は無かったようだけど、一応な」

H「そうですね。さて、Iが怖がってるだろうからそろそろ帰るか」

私はまだ怖くて頭がクラクラしていたが、その申し出に大賛成しHの袖を掴んで歩き出した。

今なら冷静に考えられるが、その時は気が付かなかった。
私は玄関への唯一の通り道に居たのだから、Iがまだ廃屋の外に出ず中に居たということを・・・。

私のお願いで、H、私、Sさんの順番で歩いてもらい、外へ出た。
そして門までたどり着いた時にSさんがふと思いついたように言った。

S「そういえば、門の音しなかったな」

H「あぁ、そういえばここ越えるときかなり大きい音しますね、ほら」

ガシャン、ガシャン。
Hが門を足で揺する。
そこでようやく私は気が付いた。

私「あ、そういえば俺、玄関の前の廊下で待ってて、オルガンの音がして外に逃げるか皆のところに行くか迷ったから・・・」

私はそこで、我がことのように怖くなった。
廃屋に一人残されてしまったI。

S「Iのヤツ、まだ中か?」

そこで、叫び声。

「オアアアアァァァァァァァァ!!」

廃屋の中からだった!
私は足がすくんで動けなかった。

SさんとHが走って中へ入るのをただ見守った。

ちらっと、二階の窓が見えた。恐怖で人影が見えたような気がした。
目を閉じるのも怖かった。
2階も、他の窓も見ずただ二人が消えた先、玄関のドアをじっと睨んでいた。

「気のせいだ。気のせい。二階に人なんていない」そう言い聞かせていた。

やがて、「ドア開けて」「はい」「大丈夫か?」といったやり取りが聞こえた。

私はほっとした。
あの時の安堵感、わかるだろうか。
たった一人、真夜中の廃屋の庭。
後ろは高い塀と門。
二階の人影。

私「I大丈夫ですか?」

S「あぁ、一応大丈夫って本人も言ってる。怪我はないみたいだ」

H「ん?おいI、お前靴、どうした?」

S「よし、◯◯(私)I頼む。なんだ、お前靴脱いで家に上がったのか?」

Iの足を照らすと、確かに靴下だった。
顔を照らすと怯えた表情で、「大丈夫、大丈夫です」と呟いている。

H「I、なんとかここ上らなきゃ、できるな?」

S「俺靴とって来る。確か玄関に前の住人の靴はなかったよな?」

H「はい、入ったとき、玄関には何もなかったですね」

よし、と言って、Sさんは小走りに玄関へ。

私はSさんの勇気、のようなものに尊敬の念を禁じえなかった。
私だったらもう行けない。

H「下から押すからな」

そう言ってIのケツを押してなんとかIが門を半ば越えたときだった。

Sさんが走って戻ってきた。
様子がおかしかった。

S「おおおおお!ドアが開かない!!上れ!」

私は背筋が凍った。
夢中で門を越え、車へ走った。

Sさんもすぐに門を上り飛び越えて車へ乗り込んだ。
即座にエンジンを掛け走り出し、しばらく、無言で走り続けた。

後部座席では、HがIを介抱し、寒いのか、Iは歯をカチカチ言わせていた。

H「ドア開かなかったってどういう意味です?」

S「玄関のドアだよ。開かなかった。鍵が掛かってるみたいだった。中に人がいたのかもやっぱり」

I「人って、あそこに誰かいたと思います?僕ら以外の誰かが」

私「いや、誰もいなかったよね。いたら、警察呼ばれてますよ」

H「なぁ、なんで悲鳴上げたんだ?なにか見た?」

I「いや、別に・・怖くて・・・」

その後もHはIに色々と質問したが、Iははぐらかしていた。
バイト先のコンビニが見えて、ほっとした空気が流れた。

S「なぁ、俺が嘘ついてると思ってるか?」

私「いえ、あの時俺、Sさんの顔見ました。冗談言ってる顔じゃなかった」

HとIも頷いているようだった。

S「コンビニ寄ってくか。俺もさ、アレって思って何度も試したんだよ。押すんだっけ、引くんだっけ?ノブ、左に回すんだっけ、右だっけ?ってな。開かないんだよ。どうしても開かなかったんだよ」

車をコンビニ駐車場へ停めた。

S「いや、俺が皆を騙して怖がらせてるとしよう。俺はそれでもいい。でも、I」

エンジンを止めて、Sさんは後部座席のIを振り返った。

S「何を見た?」

まだ夜中、あたりは静まり返っていた。
車内もIの荒い息づかいの他何の音も無い。
やがてIが口を開いた

I「顔が半分、覗き込んでました。大きな目が二つ。目が合いました」

誰も何も言えずにいると、Iは続けた。

I「おかしいんですよ。真っ暗なはずなのに、白い顔と白い目がハッキリと見えたんです。おかしい、おかしいですよね。真っ暗だったのに」

そしてIは私を見た。

I「目から上だけ。こっち見てた」

するとIはすっと首をかしげるように顔を横にして、助手席のシートから顔半分出した。

I「こんな感じ・・・」

私「おい、やめろよ!そんな冗談・・・」

見開かれた目が怖くて、私は車から降りた。
3人も私の後に続いた。
そしてコンビニで明るくなるのを待って、お開きとなった。

これでお仕舞い。
あとは簡単な後日談。

その後、Iは継続して目から上だけの顔に覗かれていたらしい。
らしいと言うのは、あの夜を境にIはバイトを辞めてしまった為、私は彼と会うことは無く、心配して話を聞きに行ったHから聞いた話だからだ。

半分開いた襖や、窓。
廊下の角。

とにかく、死角があるところならどこでも、目から上だけの顔に睨まれたとのこと。
大学を休学し、実家(香川だったと思う)へ戻ったそうだ。

その後、Iがどうなったか私は知らない。
私、Sさん、Hには特に何の異常もなかった(筈だ)。
とはいえ、私たちは以来二度と肝試しへは行かなかった。

以上です。
長文失礼しました。
私もときどき、ドアの隙間から覗かれているような嫌な感じがするんですが、これって結構皆さんもしますよね?気のせいだと言い聞かせながらも、お風呂で頭を洗うとき目を閉じることが出来ません。