当時嫁と3歳の娘が居て幸せな家庭だった俺の話。

収入こそたいして多くはなかったけど幸せな家庭を築いていた。
ただ、8年勤しんだ仕事は賃金が下がり上司や同僚もリストラに遭い、個々人の仕事量は増え、私は心身ともに疲弊の一途を辿っていた。

「最近夜遅いのね身体は大丈夫?」と嫁に心配され、食事もろくにとれず体重も10kg減りかなり苦しい状態だった。

最愛の家族を養う為にも働かなければと日々頑張っていたのだが、一度職場に向かう途中で倒れ、気が付くと病院のベッドの上で点滴を受けていた。

幸いかどうかはわからないが、私が病院に搬送されたことを嫁は知らされていなかった。
家族に自分のことで無闇に心配をかけたくなかった。

会社に連絡して事情を説明し、その日と翌日に休暇をもらった。

医者によると過労と心身症であるといい偏頭痛もおそらく精神的なものに起因し、一日入院する方が良いとのことだったが、娘の顔を見たかったので帰宅する旨を伝えた。

医者からは少しの間会社を休んだ方が良いのでは?と提案されたものの、同僚がリストラにあったのを目の当たりにしてからは仕事をしないことは恐怖でしかなく、私の中では早く仕事に戻らなければという気持ちしかなかった。

だが、医者からの休息の提案は杞憂であり、後日職場に復帰した際に直属の上司からリストラの対象として私は失業せざるをえないことを聞かされた。
昼までは引継ぎやデスクの整理をしていたように思う。

そこからの記憶は曖昧で、電車に揺られ幼少期に家族で行ったある観光名所に来ていた。
どうしていいのかわからず、頭の中も真っ白で自分がすごく惨めで矮小な存在に思えた。

日本海に面したその観光所に着いた頃にはもう土産屋なども閉まっており、暗闇の中で青白い日本海が眼前に雄大な姿を映しており波の音が聞こえていた。

私は色々なことにとても疲れていて物事を深く考えれていなかったんだと思う。
断崖絶壁から海を見たらなぜか頬を涙がつたっていた。

ふと辺りを見るとボーっと光を放っている部分があった。
光の主は電話BOXだったのだが、なぜか青く光っており、気づけば私はフラフラとそこに向かっていた。

自殺の名所としても有名な観光所だけあって、電話BOXの中には多量の10円玉と何種類ものタバコがむき出しで置いてあった。
そういえば娘の妊娠がわかって以来ずっと吸っていなかったなと思いタバコを手にとった。
タバコに火をつけ、電話BOXの中で私は再び泣いた。

電話BOXの中で座り込んでたら誰もいないはずの外から人の気配を感じ、耳元で「電話鳴ってますよ」という声が聞こえた。

辺りを見回しても誰もいないし幻聴かとも思ったが、不思議なことに電話BOXの中で着信音が。
それは会社を出てからは電源をOFFにしていた私のケータイだった。

嫁「あなた何してるの!?どこにいるのよ!?」

嫁の泣きじゃくる声が聞こえた・・・。
嫁が色々と質問してきて私はリストラやその前に過労で倒れたことなどを話した。
そして娘の声が聞きたいと私は言った。
受話器の奥で嫁が娘の名前を呼んでいるのが小さく聞こえたと思うと「おとーさんをかえせー!!おとーさんをかえせぇー!!」という娘の叫び声が私の鼓膜を刺激した。

気づけば私は号泣しながら娘に「ごめんなぁ・・・ごめんなぁ・・・」と、ただひたすら謝り続けていた。

再び嫁にかわり「今ちょっと遠いところにいるけど今から帰るよ・・・心配かけて本当にすまない」と言い、しっかりとした足取りで私は岐路についた。
途中から乗ったタクシー代で失業決定直後から随分な出費になったものだ。

今は別の仕事に転職して、娘はもう小学校中学年になっている。
嫁もパートで働きながら家族三人で中睦まじく暮らせている。

ただ、不思議なのは電話BOXで聞こえた声と切っていたはずのケータイが鳴ったこと。
あと、嫁が電話している時に娘がどうしてお父さんを返せと叫んだのかを聞いたそうだが、その後も娘はずっと泣きながら「お父さんを返せ!」と繰り返し、そのまま疲れ果てて寝てしまったらしい。

後にも先にもこういった不思議な体験はしていないので、結局のところあれらは当時の私の精神的なものが原因だったのかもしれない。
あの場所に電話BOXを置いて下さった方のおかげで今の私があり、私を導いてくれた電話BOXの青白い光のおかげで今この家族があるのです。