動物・怨念・呪い

首都圏のあるホテルのスカイラウンジでの話。

俺は近くに勤め先の支社がある関係でよくこのホテルを利用する。
といっても月に多くても4~5回。
寝る前にそこのバーで一杯やるのが楽しみだった。
港の景色が見えると言えばわかる人がいるかもしれない。

それで何度か通ううちにあることに気づいた。
俺がそのホテルのバーに行くたびに必ず同じ人物がいる。
その人は70代くらいに見えるじいさん。
昔風のベストのついたスーツを着てジンリッキーとか飲んでる。
これだけならまあ御常連さんということだろうけど、奇妙な動作をしている。

そのじいさんは港に面しない方の窓際の同じ席にいつもいるんだが、テーブルの上に店のものとは見えない白い箱が置いてある。
じいさんは座ったまま窓の方を向いて両手の人差し指を目の前で合わせ、白い箱に向けて指先を引き下ろすような仕草をする。
10分に一度くらいの感じでそれをやってる。
俺が行ったときは毎回だったから、もしかしたら毎日やってるのかもしれない。

気になったんでカウンターのバーテンの一人に話を向けると「毎日こられています。この地区では有名な方で、引退した社長さんですよ」という答え。
あの仕草についても訊いてみたんだが「さあ何かの健康法でしょうか」と要領を得ない。
たしかに指先にはかなりの力が込められているのが遠目にもわかるから、実際そうなのかもしれない。
じいさんは11時を過ぎると箱を布に包んでしまい、がっくりとした感じで杖をついて帰って行く。

その日も出張でホテルを利用した。
バーに行くとやっぱりじいさんは同じ席にいて、ときおりあの仕草をする。
そのとき俺は、じいさんの動きは窓の外の景色と何か関係があるんじゃないかと思った。
じいさんの席の正面にはこれもけっこう有名な高層ビルがあって、この時間でもたくさん明かりがついてる。
俺のいるカウンターからは角度がずれてよくはわからないが、その高層ビルをなぞって指を動かしているようにも見えた。

ついこの間またそのバーに行ったが、思ったとおり同じ席にじいさんはいた。
怪しまれない程度に様子をうかがっていると、指先にはすごい力がかかっているようで痩せた体が小刻みに震えているのがわかる。
と、これまでにはないことに指先を引き下ろしたあとでポンと手を叩いて顔を下に向けた。
そして顔を上げたときには気持ちが悪いほどの満面の笑みを浮かべている。
そのまま箱をかたづけ杖をとって歩き出した。
早い時間だがもう帰るらしい。

カウンターの脇を通るところでじいさんは俺の席の横に来てバーテンに向かい「この方のお勘定はわたしにつけておいてください」と言った。

俺が驚いているとじいさんは「いやあ、お祝いです、どんどん飲んでください」と声をかけ、俺が「それじゃ悪いですよ・・・何のお祝い・ですか?」と尋ねると「いや、いや、気にしないでこれでやっと引退できます。わたしの退職祝いと思ってください」と陽気な声で答えた。
そして俺のほうに顔を近づけ、小声で「わたしの動き見てたでしょう。知ってますよ」とつけ加えた。

じいさんは帽子とコートをとって帰っていき、俺はわけがわからないながらも年代物のスコッチなどを注文してかなり酔うまで飲んだ。
次の朝、二日酔い気味で支社に顔を出すと、夕べじいさんが指でなぞっていた高層ビルから飛び降り自殺が、それも同時に二人あったという話を聞かされた。