怖いと思ったことはないけれど、時々思い出すこと。

三十年近く前の話。
医学部附属病院に研修医で勤務していた頃の話。
ほぼ毎週、土曜日か日曜日は、どこか他の病院の当直に行かされていた。
一般の病院の勤務医は暦の通りに休むから、誰かが代わりをさせられる。
その当時に担当していた、重症で危ない患者さんのうちのひとり。
骨髄異形成症候群の白血病化、40歳台?の女性で、幼稚園生の娘さんがいた。
不思議と旦那さんとの記憶がない。
いれば、病気の説明や容態が危ういことを旦那さんに何回も話したはず。

いっつも、面会に通ってくるのは娘さんとお母さんのふたり。
毎日面会に来て、夕方暗くなる前に6階病棟前のエレベーターホールでバイバイするけど、決まってそのあと、西側廊下の窓際に患者さんは居て、1階の出口から西にまっすぐ伸びる道に娘さんが出てくるのを待っていた。

娘さんも分かってて、おばあちゃんの手を引っ張ってお母さんが見えるところまで走ってきて、そこからは、道を南に曲がって見えなくなるまで、ずっとバイバイしてた。
入院してから3か月は頑張ってくれたけど、限界が来て、からだも起こせないし、身体や顔にも紫斑がでたり、出血傾向が抑えられなくなって、抗がん剤投与を断念した。

しばらくして昏睡状態になってしまって、今晩か明日かという週末に当直当番、代わりが見つからない。
当日の院内当直当番の先輩も、自分の患者が危ないので院外当直はできない、代われない、と言われたから、もしもの時はお願いします、と言うしかなかった。

夕方に病院を出て、当直する病院に着いてから翌日の明け方まで救急搬送が繰り返し来て、その日の当直医に引き継ぐまでが精一杯で、タクシーで自分の病院まで戻った。
白衣に着替えてエレベーターで6階まで上がったけれど、身体が鉛のように重たくて眼が霞んだ。

息を整えながら病棟に向う廊下を歩いていると、途中にある会議室のドアが半開きになっていて、暗い室内が見えていた。
休日・夜間は閉まってるはずの会議室につんのめるようにして入った、部屋にはコクヨ?の長机が並んでいるからそこで横になれる。
暗い部屋の机に背中から乗り上げた。
背中が喜んでいる快感を感じて、そのまま昏倒するように眠ったと思う。

夢にみたのは、子供の頃に両親・妹と暮らしていた団地にあるような集会所の部屋。
窓の外は薄明りに明るくて、部屋の中は薄暗かった。
ビニールのござのような畳の上で座っていると、患者さんが、にこにこ笑いながら入ってきて向かいに座った。
服を着ていなくて、髪が濡れていて、お湯の匂いがした。
患者さんの声は聞こえなかったけど、唇の動きは、「楽になったよ!」と言っていた。

目が覚めて、会議室を出て病棟に入ったら、詰所の看護師さんが駆け寄ってきて、今朝亡くなったと。
病室の扉をノックしたら、看護師さんが扉を少し開けて、いま身体拭きが終わりましたと