あるとき、会社の飲み会でとある同僚の隣になったことがありました。
飲み会はだいぶ盛り上がって、寝始める人や帰る人もいる中、お酒が強い私と同僚はほとんど飲み比べのようになっていました。

しばらくして、ふと同僚がグラスを載せる紙の丸いコースターに、人の顔を描いていることに気がつきました。
ずいぶん子どもっぽいことをするなぁ・・・と思った私は、「それ何してるの?」と同僚に訊ねました。

すると同僚は、ああ、と返事をして、「酔っていると思って聞いて」と言いました。

「はなからそのつもりだよ」と私が答えると、同僚はこんなことを言い始めました。

同僚「実はさ、俺しょっちゅうのっぺらぼうを見るんだよ」

同僚の地元は温泉街で、家にあるお風呂に入るよりも近所の温泉に行くことの方が多いような土地だったそうです。
同僚は毎日夕方になると近所の同級生たちと温泉に行っていたのですが、温泉は朝の5時から開いており、たまに朝風呂に行くこともあったのだとか。

そんな彼が小学生のとき、朝風呂に行くと一人のおじいさんが身体を洗っていました。

同僚が「おはようございます」と背中に声をかけると、おじいさんは「あーい、おはよう」と答えました。
その声としゃべり方で同僚は、近所のあのおじさんだ、と分かったそうで、自分もお風呂に入って身体を洗うことにしました。

しばらくして同僚が湯船に浸かろうとしたときでした。
おじいさんがふと「きれいになったか?」と聞いてきたそうです。

声につられておじいさんを見ると、おじいさんは眼も鼻も口もなかったそうです。

怖くなった同僚は慌ててお風呂を出て、一目散に家に逃げ帰ったとのことでした。

この話を聞いて私が「狐にでも化かされたんじゃないの?」と言うと、同僚は「それなら良かったんだけど・・・」と歯切れの悪い言い方をしました。

気になって話を聞いてみると、実はそのおじいさんはその日の夕方警察に捕まったのだとか。
なんでも前の日の夜、奥さんと口論になって殺してしまったそうで、同僚と一緒にお風呂に入っている時には、すでに奥さんを殺した後だったとのこと。

「ニュースにもなったからビックリしてさ。それから俺なんか分かんないけど、◯を見ると怖くなるっていうか、どうしても顔を描いちゃうんだよね」

そんなことを良いながらコースターに顔を描いている同僚に、「へえ、不思議なこともあるね」と言っていたのですが、私はあることが気になっていました。

それは同僚が最初に言った台詞。

「実はさ、俺しょっちゅうのっぺらぼうを見るんだよ」

殺人を犯した人が、同僚にはのっぺらぼうに見えるのだとしたら、彼は今までどれくらいの「のっぺらぼう」を見てきたのでしょうか。