私の母は霊能力という程ではないにしろ妙に気配に鋭い。
そんな母が30歳の頃に体験したという話をしたいと思います。

蒸し暑い夏の日、ある深夜。
カチ、カチカチ、という耳慣れない音で母は目を覚ました。
並んだ布団で寝ている父は、一度眠ると静かな方で、いびきも歯軋りもしないので、普段は当時子供だった自分がそっと深夜に起き出しても、耳ざとく気付かれるほど静かだ。

まるでプラスチックのボタンを細かく打ち付けるような不快な音に気付き、目を開けようとしたが、寝ぼけているせいかなかなか目を開ける事が出来ない。
やがて頭が回ってくると、そのカチカチという音が異様に間近で聞こえる事に気付き、一気に覚醒した母は目を開けた。

すると、寝ている母の顔を真上から覗き込むような形で、枕元に同年輩の女性が座り込んでおり、母を覚醒させたカチカチという音は、その女性が小刻みに歯を噛み合わせる音だった。

そして細かく震える口元から、カチ、カチカチカチカチカチ、という音に紛れて、「・・・・・て・・・・・・・・・て」と、か細い搾り出すような声が聞こえる。

普通の感覚なら、飛び上がって悲鳴を上げるか、恐怖で気絶する所だが、その時の母には何故か恐怖が一切沸かず、異常な状況にも感覚が麻痺しており、『・・・て、って?何が言いたいの?いやそれより、どこかで見た事がある人な気がするけれど、一体誰だったかしら?』と、その女性の顔をじっと見つめていたと言う。

そして見つめる内に、またとろとろと眠気に負け意識を失い、次に目覚めた時には普通に朝だった。
後に私に語った時、母は「夢だと思うから怖いともおかしいとも思わないよ」と暢気に言っていたが。

そして後から考えると、怖い夢を見たと感じたものの、それ以上の物ではないと思って、その事は忘れていた数ヵ月後。

ちょうど中学校の同窓会があり、母はそれに参加する事になった。
同窓会では、当時の出席番号順の参加名簿が配られる。
現在の連絡先や、結婚した女性なら旧姓・現在の姓などが記入してある中、名簿欄の住所を書くべき所に、ぽつんと一行だけ『逝去』と書いてあった。

還暦過ぎの同窓会でもあるまいし、そうそう亡くなる人などいるはずもない。
それに中学の同級生など、今となっては仲の良かった人しかぱっと思い出せもしない。
亡くなったのは誰だったろうと考えていると、当時からずっと付き合いの続いている母の友人がこう教えてくれたという。

母の友人:「ああAさんね、ついこの前自殺したんだよ。君は遠くに嫁いだから知らなかったろうけど、こっちではちょっと話題になった」

友人はAさんの家庭の事情や不幸の内容をぽろぽろと話してくれたが、母はある事に気付き、聞いた内容は話半分しか耳に入らなかったと言う。

中学の頃の面影を辿ると、数ヶ月前夢の中で『どこかで見た』と考えた女性は、現在のAさんの姿そのものに思えた。
卒業以来殆ど顔を合わせる機会もなく、15年も経った姿はすぐには認識出来なかったのだが。

「親しかったのか」と母に聞くと首を振った。

母:「お互い、同じクラスというだけで仲が良くも悪くもなかったよ。つまり、殆ど付き合いが無かったって事なんだけど。あれじゃない?なかなか気付いて貰えなくて、片っ端から訴えてみたんじゃないかな?訴えられても、どうにも出来ないんだけどねぇ。今思うと、『たすけて』って言ってたのかもね」

そう言って、母は困ったように笑った。