住民から聞いた話。

高い位置にある彼の部屋からは、下の駐車場が一望できる。
最近、夜になるとその駐車場に佇む影があるのだという。
深夜遅くに、薄暗い電灯から離れた位置に、ポツンと一つだけ。
何をするでもなく、身動き一つせず、ただただじっと佇んでいる。

住民:「私の部屋からじゃ遠すぎて、黒く滲んだ影としか映らないのだけど。でも何故か、その影が人であって、しかも男であることだけはわかるんだ。パッと見た瞬間に、『ああ人だなってね』、ストンと理解できる感じ。その影がまた、家族の中でも見える者と見えない者に分かれていてね。多分、真っ当な代物じゃなかったのだろうな」

だから影に気が付いても、目を逸らして無視していたそうだ。

住民:「ところがね、どうやら影が見えていたのは、うちだけじゃなかったんだな。この間、妻が聞き出してきたんだ。うちの二件隣の部屋、そこの奥さんも影を見ていたらしい。この奥さん、毎日のように影を見つけては、ずっと目を逸らさなかったとか。時間が経つうちにフッと消えるんだと。何でそんなに睨んでたんだろうね」

住民:「これがある時、それまでピクリともしなかった影が、顔を上げたんだって。目があった!って奥さんは感じたそうだよ。するとね、その翌日から、影は這うような速度だけど、駐車場を渡り始めた。動いている様子は見えなかったけど、一日ごとに立ち位置が変わってるんで、そうとわかったそうだ。私もおかしいとは思ってた。影が動いているのははっきりしていたからね。まさか、ご近所さんが原因だったとは気が付かなかったけど」

住民:「影が私たちの棟玄関に差し掛かった日、これは間違いないと奥さんは判断した。“あの影はこの部屋を目指してる”ってね。影が階段を上るのにどれくらい掛かるか知らないが、とにかくその時点で引っ越しを決意したらしい。本当、慌ただしく出て行った。まぁ実のところ、他にも理由はあったみたいだけど。出て行く挨拶の時に、家の女房にそのことを話したんだって」

住民:「そこの家族が出て行って、五日目くらいだったかな。真夜中過ぎに、この階でどこかの部屋の呼び鈴が鳴ったんだよ。夜はこのマンション、すごく静かだからね、小さい響きだけどわかるんだ。いや、その部屋だったかどうかだなんて確認はしていない。外なんかとても覗く気になれなかったし。結構しつこく鳴らされてたけど、余所の住人も誰一人出て行かなかった。鳴り止んだ時はホッとしたよ」

住民:「影はどうなったかって?一月もしたら、また元通りの位置に立ってた。相変わらず、見ても直ぐ目を逸らすけどね。うっかり目が合ってしまったら、今度はうちを尋ねてくるかもしれないし」

彼はやれやれといった感じで、肩を竦めた。