幼稚園ってよくお寺とか神社で経営してるよね。
俺が通っていた幼稚園も神社でやってたの。
で、夏になると御泊り会ってのがあるんだよね。
もちろん神社に泊まるんだよ。
その神社の境内には立派な木がたくさんあって、カブト虫とかクワガタがいるんだよね。
でも高いところにいるからなかなか採れないの。

その大木にはへんな紙とか縄が巻いてあったんだけど、俺はお調子者だったから、「まかせろー」とかいって、全力で大木にトビ蹴りくらわしたんだよ。
でも、子供の蹴りなんてたかがしれていたので、全然落ちてこない。
何度も、何度も蹴ったね。

そのうち先生が気付いて、「その木は神様の木だからだめよ。ごめんなさいしなさい。」と怒られたんだ。
その時、俺はとてつもなく嫌な予感がしたんだ。

その日の夜中。
俺たちは神社の広い板張りのところで寝てたんだけど、なかなか寝付かれなかったのね。
で、だんだん昼の出来事が気になりだしたんだ。
あの時、一応口ではあやまったんだけど、心の中では、やっぱ「うるせー」とか思ってたわけよ。
だから、きっと何かあるんじゃないかって。

で、今からあやまろうって、そう思ったんだ。
今思うとバカみたいだけど。
俺はお調子者でバカだったんだ。
寝てる横に、神棚のでっかいヤツみたいなのがあったんで、そこであやまろうと思って上半身を起こした。
周りをみたら、友達や先生はみんな寝ている様子。
立ち上がろうと思って、腰を上げたところで俺は凍り付いてしまった。

よく神棚の所に丸い鏡がおいてあるよね。
そこの祭壇にも、あれのでっかいのが置いてあったんだけど、そこから誰かがこっちを覗いてる。

半分だけ顔を覗かせた女・・・。

真っ白な顔で唇がやけに赤かったのを憶えてる。
もちろん鏡に映る範囲に女なんていない。

幼心に「これはヤバイ!」って思ったんだ、この世のものじゃないって。
で、膝建ちのまま心の中で「ごめんなさい!ごめんなさい!」ってあやまったんだ。
目を瞑って必死にあやまった。
本気だったんだ。

だけど・・・急に足首のあたりをひんやりしたものに掴まれた。

瞬間的に俺は腰を抜かしてぺたんと座り込んだ。
足首を掴んでいたものの上に・・・尻にひんやりとした感触。
ちょうど大人の手のような形に思える。

その手がグイっと足を引っ張ると、俺はあっけなくうつぶせにひっくり返ったんだ。
すかさず、別の手にもう片方の足を掴まれる。
俺は必死で逃げようと床に手を突いて体を引っ張った。

すると両方のふくらはぎも掴まれる。
膝の裏にも何かが絡みつく。

もう無我夢中で手足を動かそうとするんだけど、掴んだ手が今度は爪を立てるんだ。
それが痛くて、俺はようやく声を上げた。

おかしなもんで、恐怖の度が過ぎると声って出ないのな。
この時初めて知った。
で、痛みによって俺は通常の感覚を取り戻したんだと思う。
力一杯、大声で喚いた。

「ぎゃー!助けてえー!」

すると、周りで人の動き出す気配があった。
黒い影がむくむくと起きあがる

『みんなが目を覚ましたんだ!助かったー!』

その時はそう思った。

俺はその黒い影たちに助けを求めようとして、そっちの方向に手を延ばそうとした。
その時、影がやけに大きい事に気が付いた。
どれも天井に頭が届きそうなくらい。
そこは神社の建物だったから、天井が高い。
少なくとも人間の背が届く高さじゃなかった。

黒い影は相変わらず黒いままで、ゆっくりと揺れている。
輪郭がうねうねと波打っている。
かろうじて人の形はしているけれど、どうも不安定な様子だった。

そんな影に囲まれて、俺の声はまた出なくなってしまった、情けないけれど。
足を引っ張る力はますます強くなって、頬にひんやりとした空気が当たった。
いつのまにか、開いている扉の付近まで来ていたんだ。
直感的に、このまま外へ出るとヤバイって思った。
必死で手を動かして床を引っ掻いた。
と・・・不意にその手を掴まれる感触があった。

俺の手はグイーっと建物の中に向かって引っ張られた。

『誰かが助けてくれるんだ!』

そう思った俺は、とっさに掴まれているものを両手で握り返した。

冷たい皮膚の感触。
目をやると、さっきの鏡の中から腕が伸びていて、俺の手を掴んでいた。

長さ数メートルもある白い腕。
慌てて振払おうとしたけれど、腕は俺の手を掴んで離さない。

しばらくは均衡状態が続いたんだと思う。
ただ、お調子者でバカでついでに気の弱い俺は、いつのまにか気を失っていたんだ。
気が付くと朝で、俺は祭壇の前で倒れていた。
派手に失禁したまま・・・。

夢かと思って腕をみると、手首のところに赤く手形がついていた。
足を見ると、引っ掻き傷だらけ。
俺が泣きながら昨夜の出来事を話すと、幼稚園の先生はこう言ってくれた。

「それは、○○くんを守ってくれている神様が助けてくれたんだよ。」

その時はそれで納得したんだけど、後から俺は違うと思った。

俺を助けてくれた鏡の中の女。
あれはお母さんだったんだって。
俺が生まれて間もなく死んでしまったらしいけれど、顔もはっきりとは覚えていないけれど、直感的にそう思ったんだ。
今でもそう信じている。

ただ、あの夜俺を連れ出そうとしたもの、たぶん木の神様だと思うんだけど、そいつは、まだ許してくれたワケではなかったらしい。

何年か経って俺は小学生になっていたけれど、その神社の境内へ虫を捕りに行った時に左足を折ってしまったんだ。
幼稚園の頃、大木を蹴った方の足。
まだ引っ掻き傷のあとが残っていた。
すぐに近くの病院へ入院したけれど、なぜか、ギブスの中で足は腐っちまった。

というわけで、今の俺の左足は義足なんだよね。