千葉に母親の実家があって、大学の夏休み中しばらくそこでやっかいになることになった。

その実家は東京から電車に乗って、そこからバスに乗り、さらに十数キロ歩いて行ってようやく辿りつけるような田舎だった。
1人で寂しく暮らしていた婆ちゃんは、俺が来ると喜んで出迎えてくれた。
久しぶりの田舎暮らしは心が洗われる気分になった。

1週間経ったその日、世話になった婆ちゃんにお礼を言い、俺は朝一番で実家を出た。
田んぼもほとんどない所で、うっそうと生えてるアシやら遠くの竹林なんかを眺めながら、のんびりとバス亭まで歩いた。

1時間ほど歩いたところで、横道の先のほうに長屋のようなものが見えた。
近づいてみると、それは古びた木造の駅舎だった。

「来た時こんなのあったかな・・・」と思いつつ、中に入ってみた。
駅員もいないし人影は一切なかった。

もう何年掃除してないんだと思うくらい駅の中は汚れていて、柱の塗装なんかもボロボロにはがれていた。
昔使ってた駅で今は使ってないんだろうと、元来た道へ戻ろうとした時、線路の向こうから電車が来るのが見えて驚いた。

全体が黄土色で、ところどころ色がはげている・・・。
その電車はまっすぐ駅に入ってきて、先頭車両が俺の目の前に止まった。

薄汚れた窓から中の乗客も何人か見える。
みんなこっちに背中を向けて立っている。

スーツを着た男性や、着物を着た女性の姿もぼんやりだが見える。

しかし先頭車両の扉は開かず、少し離れた3番目の車両の扉の1つだけが開いた。

俺は乗るのをためらった。
この電車に乗って東京に帰れるかどうか疑問だったし、なにより目の前に止まってる電車は、言葉で説明しにくい不気味な雰囲気を放っていた。

俺はこの電車をやり過ごそうとしたが、1分、2分経っても一向に出発する気配がない。

中の乗客の体はゆらゆらと常に揺れているようにも見えた。
まるで宙に浮いているような・・・と言っても足元までは見えないのだが・・・。

俺はいつの間にか、金縛りにあったように体が固まって動けなくなっていた。
そして5分以上経過した頃、開いていた扉が閉まり、電車が動き出したんだが、通り過ぎる車内が次々目に入ってきてギョッとした。

2両目3両目の乗客も全員後ろを向いていた・・・。
そして最後尾の車両が通り過ぎる時、運転席の窓から車掌が顔を出した。

それは生気のない真っ白い顔・・・。

顔を不自然なくらい上に向け、大きく口を開けて目玉だけを俺のほうへ動かして、なにか叫んだように見えた。

電車が通り過ぎた後もしばらく動悸が止まらなかったが、体は自由に動いた。
その後は、いくら待っても電車が来ることはなかった。

今考えてみると、あれは1日1本しか電車が来ない駅で、あれに乗れば東京に帰れたかも知れない。

でも、もしそうじゃなく、乗っていたらどうなっていたのか、と思うといまだに身震いしてしまう。