先週、不思議な話を聞いたので書いてみる。

(以下、話者)

春先、相棒とふたりで沢の水質を調査するため山道を進んでいた。
町からそう遠くない低い山ではあるが、辺りには雪が残り空気も冷たい。
ふと、相棒が足を止めた。
どうしたんだ?と尋ねる間もなく、相棒は『向こう』といったふうに顎をしゃくる。

見ると、十数メートル程先の低い木の枝に手が乗っている。
肘から先だけだ。
しかもその手は、おいで、おいで、をしている。

さて、どうしようか。
戻りたい。
でも仕事はまだまだ終わらない。
結局、(何も見たい、知らない!)と強引に突っ切ることにした。

ふたりで駆け抜ける。

その下まで来たとき、木からパサリと何かが落ちた。
反射的に振り向く。
それは、ただのゴム手袋であった。
淡いピンク色がちょうど人間の肌の色に見えたようだ。
おそらく、山菜取りに来た人が忘れていったのであろう。

しかし、手袋は木に引っかかっていたのではなく、枝の上に乗っていた。
手先を上にして。
しかも、そよ風ひとつ吹いていなかった。
狐にでもからかわれたようだと思ったという。