岩壁の基部でルートが分かりづらい時、残置ハーケン(※岸壁の割れ目に打ち込んで使用する杭)を探すというのは、ひとつの方法だ。
残置ハーケンというのは、以前に誰かが打ち込んだハーケンで、それがぽつぽつ見受けられるようなら、そのルートは誰かが登ったという目安になる。

ある岩場でルートを探すうち、残置ハーケンを見つけた。
古いのか、打ち方が悪いのか分からないが、ハーケンが浅く、抜けかかっていて、まさかとは思うが、うっかり掴まろうものなら、墜落しかねないほど危うく見えた。
この際、抜いておこう。
屈み込み、指をかけ、引き抜こうとしたハーケンは、簡単に抜けそうな感じがしたので、指の力を緩めた。

と、ハーケンが何かに引っかかり、止まった。
ぐぐっ、指先に力を感じた。
ハーケンが岩に潜り込む。

目の前、引き抜こうと指をかけたハーケンが、まっすぐ岩の割れ目に刺さっていくのが見えた。

そして数秒。

どこをどうしようと、このハーケン、もう抜けそうになど見えない。
蹴飛ばしてみたが、ぐらりともしない。

「やる気出したみたいだな」

冷静なのか、動転しているのか、友人が馬鹿なことを言って登り始め、俺も続いた。
彼も俺も、二度とこのハーケンのことを口にしなかった。