小学校の時、生徒や同僚の先生に大人気の女の先生がいた。

俺が4年生の時に赴任してきた新卒の先生で、雰囲気が女優のH北真希にどことなく似ていた。
美人でとにかく振る舞いが魅力的、優しくて聡明、知識も豊富で、頭の回転が物凄く速い。
弁がたち、保護者の方々からの信頼もばっちり得ていた。
その先生は、当時の友達みんなが憧れていた。

俺も先生として凄い人だと感じ、まあ尊敬はしていたのだけど、なぜかみんなのように「好き」にはなれなかった。

その女の先生とある程度親しくなった頃から、彼女が登場する夢を、年に数回見るようになった。
何もない真っ黒な空間を照らすわずかな光があり、それを目指し一人で歩き続けた先に、先生が笑顔で手を差し伸べて待っている。
闇と孤独への不安から解放され、ほっとしてその手を掴もうとすると、彼女はその空間と同じ真っ黒な色の目をした人形の姿で、ただそこで不気味に笑っているだけ。
俺はその黒さに吸い込まれるような感覚に陥り、いつもそこで夢から覚めた。

結局、俺は卒業まで、その先生が受け持つクラスで過ごした。
彼女は最後まで、俺たちにとって有能で優しいマドンナ先生だった。
生徒たちはみんな、先生との別れを惜しんで涙を流し、先生もまた涙していた。
ただ俺はどうしても、6年生の夏、ある出来事がきっかけで、最後まで先生への違和感を拭い去れなかった。

3年間、ずっと素晴らしい先生だった彼女が、ほんの一瞬だけ、不可解な姿を見せたことがあった。

夏休みも間近に迫ったある土曜日、俺はサッカークラブの練習で、午後6時まで校庭にいた。
失くしたボールを探しに校舎裏に行くと、猫の鳴き声がした。

声は焼却炉の方から聞こえ、突然の「ギャーッ」という大きな声を境に聞こえなくなった。
陰から覗くと、焼却炉の前に、先生が静かに佇んでいた。
彼女はあの夢の中の人形の目で、不気味に笑いながら本当にぞっとするような顔つきで、焼却炉の中を覗き込んでいた。

そのときの俺は、怖くなってしまい、すぐにその場を離れたが、あの生暖かい風が吹いた夕暮れの猫の鳴き声と、あの時、あの場にいた先生の顔つきは卒業後、7年たった今でもよく覚えている。

あの日、先生が猫をどうしたのかは、その瞬間を見ていないので断言できない。
風のうわさで聞いたが、彼女は今では隣の学校で教師をやっているらしい。
その学校でも相変わらず、同僚の先生、生徒、保護者達から大人気だそうだ。
彼女自身も順調な教師生活を過ごしているらしい。

ただ、聞くところによると、彼女は数年前に一度結婚していたそうだ。
そして、結婚した相手の男が、新婚生活たった数日後にもかかわらず、連絡も取らずに、逃げ出すように彼女のもとを去ったという事件があったらしい。

つい先日、地元の区役所の近くで、あの頃と全く変わらない相変わらずの雰囲気を持っていた先生とばったり会った。
屈託のない笑顔で手を振りながら、「久しぶりね」と声をかけられた。

空気はちょうどあの夏の日と同じ、生暖かい夕暮れだった。