ある作家の人(名前は忘れたです)が都会暮らしが嫌になって、どっかの山奥に小屋を建てて移り住んだんだ。
電気も水道もガスも電話もないところだ。
囲炉裏なんか作ってマターリとした生活。
麓の村に副業で炭を焼いている夫婦がいて、週に一回届けてもらうことにした。

畑を耕し、気が向けば文を綴る。
そんな平穏な日々のある夜、作家の先生は妙な物音で目が覚めた。

カリッカリッガリッ・・・。

何だろう。

先生は薄目を開けて覗いてみた。
囲炉裏の炎に、狭い小屋の中の様子がほんのりと浮かび上がる。
何かが壁の前にいる。
丸太にベニヤ板を打ち付けただけの、簡単な造りの壁。
その前に人のような姿が立ち、壁に向かってしきりに何かをしているのだ。
薄闇にぼうっと貼り付いた小柄な影のような佇まい。
後ろ姿しか見えなかったが、手の動きや音から判断してどうやら壁を引っ掻いているらしいと思われた。

カリッカリッカリッカリッカリッカリカリカリカリ・・・・。

観察しているといつまでもその動作を続けている。
先生は中々キモの据わった人物だったので、そのうち退屈し、まあ、こんなこともあるだろうとそのまままた眠ってしまった。

朝目覚めた先生は、壁を見て驚愕した。
一面に文字らしきものが書き殴ってあるのだ。
グチャグチャで解読困難な文字の群れ。
よくよく眺めると、「殺」の字や「助」の字らしき形が見て取れた。

文字の色は真っ黒で、どうやら木炭で書いたものと推測される。
さらに、床にも木炭の粉が大量に撒き散らかされていた。

先生は興味を持った。
今晩も来るかな?

その夜。
先生は小屋の四隅にランプを灯し、囲炉裏にもたっぷりと薪と炭を放り込む。
もしまた昨夜のもののけが現れたら、今度はよくよく見てやろう。
先生は目を瞑って眠ったふりをした。

どれくらいたった頃か、あの音が聞こえてきた。

カリ・・・カリ・・・カリ・・・。

先生は跳ね起きようとして、自分が金縛りにあっていることに気が付いた。
ただ、目を開くことは出来る。

音の方を見遣る。
昨日の”あれ”がいた・・・。

今日は小屋全体が随分と明るくなっているのだが、それでもそいつの姿は影のように薄暗くしか見えない。
寝る場所を変えていたので、その夜は影を横から眺める形になっていた。

どうやらやはり人の姿をしているらしい。
影は無心に壁に何事か書き続けている。

そのうちに先生は気が付く。
そいつは木炭なんか持っていない。
自分の指を壁に押し当てて文字を書いているのだ。

その時、そいつの動きがピタリと止まった。
そして、今初めて先生の存在に気付いたかのようにゆっくりと振り向いた。

その顔は真っ黒。
目鼻口があるべき場所にもぽっかりと黒い穴が開いているだけ。
焼けた肉の臭いが鼻を突いた。

先生は理解した。
そいつは焼けて炭化した人間の姿だ。

気を失っていたようだ。
目覚めた先生は周りを見回して呆然とした。
壁といわず床といわず、天井にも家具にも、所構わず文字がびっしりと書き付けてある。

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて・・・。

先生は山を降りた。
さすがに人恋しくなったのだ。

久方振りの麓の村。
そこで先生は思いもかけない話を聞いてしまった。

炭を届けてくれていたあの夫婦が逮捕されたというのだ。
小学生の娘を過ぎた折檻で殺してしまったことで・・・。

困った夫婦は娘の遺体を炭作りの窯で焼いて処分しようとしたのだが、娘がいないことを不審に思った学校の担任に通報され、焼け残った体の一部が発見されてしまったという。

では、先日夫婦が届けてくれた炭の中に・・・・。
先生は凍り付いた。

そして、残った炭を集め、近くの寺に持ち込んで懇ろに弔ってもらったのだった。