私が小学校3年生のころ、クラスで怖い話が大流行しました。
中でも一番人気を集めたのは、学校の七不思議でお決まりの「夜になると動き出す人骨模型」や「トイレの花子さん」の話でもちきりになりました。

その中の一つに、「体育館の裏扉」というのがありました。
木造の体育館のステージ裏の通路に、大きな開き扉が設置されていて、その扉を開けると、異次元の世界に吸い込まれる、というものでした。
「体育館の裏の通路なんて、入ったことないね」と、私がいうと、「ちょっと見に行ってみようか」と親友のミナちゃんが言いました。
好奇心にかられた私たちは、その日の放課後、例の扉を見に行くことになりました。

ステージの裏通路に潜り込むには、まず、袖部屋にあるドアから入らなければなりません。
しかし、ドアの前には、跳び箱やら、マットやら、平均台などの用具が置かれていて、それらを片付けなければ中に入れませんでした。

二人でそれらをどかし、私が先に古びたドアノブに手を掛けました。

「?!」

ノブの下に、小さく何かが貼られていました。

一瞬、何かのシールかな、とも思いましたが、よく見るとそれは、ぼろぼろになったお札でした。
私は途端に背筋が寒くなり、2,3歩後ずさりしました。

すると、突然ミナちゃんが笑い出しました。
ミナ:「なに?怖いの?ここで待っててくれてもいいんだよ?私は行くから」
そう言うとミナちゃんは、臆病な私をおしのけ、勢いよくドアを開けました。

中を覗くと、幅60センチくらい、高さは150センチくらいの狭い通路がありました。
明かりはないので、長さまではわかりませんでしたが、とても埃くさく、長い間誰も手入れをしていないことぐらいはわかりました。

ミナちゃんは、さっき用務員室から勝手に拝借してきた懐中電灯を点けると、勇敢にも中に入って行きました。
一人取り残されるのも怖かったので、私はミナちゃんの後を追いました。

「!」

突然ミナちゃんが立ち止まりました。
びっくりしてミナちゃんの視線の先に目を向けると、懐中電灯で照らされた、小さな光の輪の中に、古い木の開き戸が浮かび上がりました。
「部屋って、これじゃない?」とミナちゃんが言いました。

私は不気味な気持ちを抑えられませんでした。
それもそのはずです。
その開き戸一面に、お札が張り巡らされていました。

「もう帰ろう!」

私はとても怖くなり、ミナちゃんを説得しようとしましたが「なんで?せっかくだから開けてみようよ」と、ミナちゃんは何だか楽しんでいるようでした。

ミナちゃんは怖いもの知らずで、今までにも何回かこういう場面に出くわしたことがありましたが、今回も、彼女は恐怖心よりも好奇心の方が勝っていたようでした。
ミナちゃんは、私が止めるのも聞かず、開き戸に手を掛けました。
そしてゆっくりと手前に戸を引っ張りました。

「あはははは!ただの鏡じゃん」と、ミナちゃんが笑いました。

完全に開いた戸の中には鏡があり、笑っているミナちゃんと、拍子抜けした私の顔が映っていました。

「なんだ~、部屋なんてないんじゃん、もう、びっくりした~」

私たちは、何だか安心してしまい、鏡の前で変なポーズをとったりしていました。

「もう、出ようか」

私が言うと、ミナちゃんもさすがに飽きたのか同意してくれ、もと来た方に引き返します。
私の後にミナちゃんが続き、さっきの袖部屋に出ました。

「さあ、この用具もとにもどさないとね。私たちがここに入ったこと、ばれないようにしなきゃ」

そういって私が振り向くと、ミナちゃんがついてついてきていませんでした。

「ミナちゃん?!」

私は慌てて、暗い通路に再び足を踏み入れました。
しかしミナちゃんはどこにもいませんでした。

私は嫌な予感がしました。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではありません。
私はミナちゃんの名前を叫びながら、さっきの鏡の前まで来ました。

ミナちゃんが閉め忘れたせいで、扉は開きっぱなしになっています。
私は懐中電灯で、鏡を照らしました。

そのとき・・・私でもミナちゃんでもない、人間の顔がはっきりと鏡に映ったのです。
それは、中年の男性でした。

どこにでもいるようなおじさん、という印象を受けました。

私は慌てて周りを見回しました。
しかし、そこにいるのは私ひとりです。
私以外の誰かが移りこむはずはありません。
再び鏡に目を向けると、今度はそのおじさんが物凄い形相で私を睨み付けていました。
私は思わず悲鳴を上げると、一目散に走り出しました。

その後のことはよく覚えていません。
気がつくと私は、保健室のベッドで泣きじゃくっていて、先生が面倒をみてくれていました。

あの後、結局ミナちゃんはみつかりませんでした。
ミナちゃんの両親からは捜索願が出され、警察と学校中が総力を挙げて探しましたが、手がかりひとつ出てきません。

私は正直に鏡のことを話すことができませんでした。
というより、恐ろしくて話せなかったのです。
ミナちゃんは、あの鏡に映ったおじさんに連れて行かれてしまったんでしょうか。

あれから12年、校舎の改築とともに、体育館も取り壊され、新しいコンクリートの建物になりました。

ミナちゃんの両親は、もう娘は生きていないものと思い、お葬式まで挙げてしまったそうです。
私はあの出来事を、いまだに誰にも話すことができていません。