知り合いの話。

寂しい山道を一人歩いている時のこと。
行く手に場違いな影が現れた。
四頭身くらいの頭でっかちな熊さんが、ふらふらとした足取りで歩いてくる。
イベントや遊園地で使われるような、熊の着ぐるみだった。

そういや、この近くに遊園地や映画撮影所なんかがあったっけ。
どちらから紛れ込んだんだろうと考えていると、嫌な臭いが鼻を突いた。

肉が腐ったかのような臭い。
前方の熊ぐるみから漂ってくる。

よく見ると、熊の大きな頭が乗っている首の下から胸腹にかけて、黒い染みがべっとりと広がっていた。

山で怪我でもしたのかと思い、慌てて駆けよろうとした目の前で、熊ぐるみは躓き前のめりになった。

コロン、と熊の頭が転がり落ちる。

ゴロゴロと、何か重い物が作り物の頭の中で転がっているような音がした。
彼はゆっくり顔を上げて、胴体だけになった着ぐるみを見つめた。

着ぐるみの首上、本来は中の人の顔がある空間には、何も存在していなかった。
首なしぐるみは一瞬立ち止まったが、すぐにまたふらふらと前に進み出した。

熊が落とした頭を拾おうと屈んだ頃、ようやく我に帰った彼は、踵を返して後も見ずに逃げ出した。

それ以来、彼は着ぐるみを見かけると身構えてしまうようになったという。