私たちの地方では、今でも通夜に死者の胸の上に魔よけの刃物を置くという習慣がありますが、これは3年ほど前、山間の部落で実際にあった話です。

出稼ぎにきていたトピ職人が、心臓マヒで急死しました。
仲間の職人たちは酒に酔い横着して、”その習慣”を無視してしまったのです。
ところが、真夜中近く、喉の渇きに目ざめたひとりが、死骸のおいてある部屋の障子をみると、死者の影が立ちあがっているではありませんか。

「死体が!」

彼はそう叫んだまま腰を抜かしてしまいました。
他の仲間たちも目を覚ましまし、やがてその影は、ネコが顔を洗うような動作でゆっくり手を動かしはじめたのです。
ふと天井を見ると、うす暗いカモイの上に、とてつもなく大きな黒猫が、目をギラギラさせて・・・。

お坊さんが呼ばれ、刃物を置いて必死の読経が1時間も続いたでしょうか。
死体は音もなくバタリと倒れ、天井のネコもいつか消えていました。

仲間は改めて仏の冥福を祈ったということです。