昭和55年の夏の出来事。

当事、田舎育ちの小学生の私はカブトムシやクワガタを採ることに夢中でした。
山や森林、農耕地にいたるまでポイントを知り尽くしていた私は朝に夕に自転車で回り乱獲していました。

その量たるや子供一人が採る数ではなく、我ながら多少罰当たりではないか?と感じていたと思います。

飼いきれないのでパックに形の良い雄5匹づつ詰めて青果市場に持って行くと、おじさんが1匹につき1000円で買ってくれました。

おかげで私は小学生の分際で親に内緒で10万くらい溜め込んでいました。
小さい個体やツノの短い豆カブトなどは友達や近所のチビっ子達にあげていました。

その日も採取ポイントを巡り帰途につきました。
辺りは夕暮れでそこら中まばゆい黄金色に輝いていたのが印象深いです。
天候なども影響するのでしょうが、稀にそういう日ってありますよね。

自転車でガタガタの山道を抜け民家がまばらに見える舗装路に入り、左右の安全確認をしたその時、奇妙なモノが見えました。

今思い返してみてもアレが何だったのか正確にはわかりません。
それは距離にして約100m先の道沿いに大きなお墓と人が住んでいるかもわからない安っぽい造りの民家の前に立っていました。

黄昏時なのに光の反射が全くなく、全身真っ黒なソレは手足が異常に長く、まるでクモザルのようなスタイルでした。
ただ身長は軽く3mは超えていましたが・・・。

見た瞬間、口の中に変な味が広がり、視界はさらに黄色味を帯びて皮膚感覚も蒸し暑い空気が身体に粘つくようでいて・・・。
ただ単に大きな動物と遭遇したのとは違うあまりの非日常な違和感に体が動かずどうしていいのかわかりませんでした。

もし見た目通りのスペックなら逃げられるとはとても思えません。
ソレは本当に真っ黒で表情も何もわかりませんでしたが、私との遭遇に驚いていませんでした。

そう感じたとしか言いようがありませんが、ソレは私の出方を楽しんでいたように感じました。
何かワクワクしているような・・・。

何かしなければと思いはしましたが、相手の意図がわかりませんし、下手をすると藪蛇になりかねません。
時間にして3分ほど経った頃、ソレは長い手足を器用に使い大きな墓石を乗り越えて薮の中に消えていきました。

私はソレを失望させてしまったように感じました。
私は何か千載一隅のチャンスを逃してしまったのか・・・はたまた何もしなかったことが一番よい結果だったのか・・・現在でも何かにつけそのことをよく思い出します。