知り合いの話。

彼の親戚に、イイナワ使いと呼ばれる人がいたという。
イイナワとは飯縄と書くそうで、人に使役される一種の使い魔なのだそうだ。

使役する者をイイナワ使いと呼んだというが、飯縄は人を病気にしたりもするので、大層忌み嫌われたらしい。

そのためナワ使いの家筋は、人も入らないような山奥へ追いやられ、人目を避けて隠れるように住んでいた。

「まぁそうは言っても、昔の話だからね、どこまで本当なのかわかりはしない。今は一族も皆、里や町に出て暮らしてるしね。イイナワなんて誰も使えやしない」

「でもね、その小父さんは本物だった。下界から持ち込まれた、失せ物・探し人・占いといった問題事を、すべてナワを使って解決していたっていうんだ。そればかりか、どうやら人を病気にしたり、不幸にしたりすることまでやってたみたいでね、親族からも恐れられてた」

「なぜか僕はその人に可愛がられていてね、よく話をして貰ったよ。ある時、聞いてみたんだ。イイナワってどんな動物なのかって。何で人の言うことを聞いてくれるのかって」

小父さんは真顔でこう答えたという。

『伝えられてるイイナワっていうのがどんなモノなのか、私は知らないんだ。呼び名からすると飯綱権現のことだと思うけどね。つまり狐だ。でも、私が使っているのはそういうモノではないから』

そう言って、腰に下げた瓢箪を取り出し、目の前で振ってみた。

『この中にね、私の弟が入っているんだよ』

何とも言えない顔で、小父さんはそう言った。

『私より五つばかり年下だけど、残念なことに死産だったんだ。その子がなぜか、この瓢箪の中に入り込んでしまってね。家族は誰も信じてくれなかったが、弟の声が聞こえるのも、弟と話が出来るのも私だけだったから、仕方のないことだね。何と言ってもこの世に二人だけの兄弟だからね、意思の疎通も簡単なんだよ。タマ(魂)だけの存在だから、お狐様みたいなことが可能なんだろう』

住んでいた山村の廃棄が決まり、一族が山を下りても、小父さんは一人山に残ったのだという。

「小父さんは今でも、瓢箪と会話しながら暮らしているんじゃないかと思うよ」

そう言った彼の顔は、どこか寂しそうに、しかし安堵しているようにも見えた。