ある日、友人のAと2人で街を歩いていた。

2人とも都心近くに住んでいたので、自然と遊ぶ場所は人通りの多い駅の近辺になってしまう。
休日の昼間という事もあり、街は大勢の人でごった返していた。

いい加減人混みにうんざりしてしまったので、とりあえず近くにあった喫茶店に入って休憩をしていた。

コーヒーを飲みながら、一息つく。
このAという男だが、こいつは不思議な奴・・・というかただの変人で、よく訳のわからない話をしてよく俺を困惑させる男だった。

しかしこいつには何かおかしな力があるようで、変な所で妙な勘の良さを発揮したり、俺の考えている事を当ててしまったり、俺の地元に初めて来た時には「3年くらい前かな、ここで事故があったよね、それで女の子が1人亡くなってる」などと言い当ててしまうのだ。

まああらかじめ調べていたのかも知れないが、本人は「だって、そこに立ってるから」と言っている。

喫茶店の窓の外にはまだたくさんの人影が見える。
俺はふと思った事を口にした。

俺:「最近こういう人混みに慣れちゃっててさ。街ですれ違う人の事をRPGの村人みたいな、ただそこにいるだけみたいに思っちゃいそうになるんだよね。でも実際全員に、住んでる家とか家族とか、昨日の晩飯何食べたかとか、人それぞれバラバラの生活を背負ってんだよな。」

Aはそれを聞いているのかいないのか、なんとも言えない顔をしてコーヒーを啜っていた。

ふと、Aが口を開いた。

A:「本当は、そうでもないんだよ」

俺は意味が分からず「はあ?」とおかしな声が出た。
Aは語り出した。

A:「僕の知り合いに、こないだ恋人が出来たって奴がいるんだよ。その出会いのきっかけってのがさ、まあいわゆる出会い系サイトって奴だ。そういう出会い方をした人ってさ、知り合いや親に紹介する時、ちゃんと出会い方を事細かに説明する事って少ないよね。大概の人は、『知り合いの知り合い』とか『友達の紹介で』とか曖昧な第三者を交えた説明をすると思う。まあ、ちゃんと説明する人もいるだろうけど、そういう事に対して偏見を持ってる人も多いからね。」

突然なんの話だ?
俺は話の行く先が全く分からず、ぽかんとしてしまった。

俺に構わず、Aは続ける。

A:「まあそんな事って、誰しも一度はあるんじゃないかな。長い説明を避けるために、あるいは故意に情報を隠すために。曖昧な第三者の存在を持ち出す事はそれほど珍しい事じゃない。」

ああなるほど、まあそれなら俺にも経験がない事もない。
小学生の頃、親の貯金箱から少しずつ抜いた小銭を貯めてゲームソフトを買った時「友達にもらった」とか言って誤魔化した事がある。
Aの言っている事の意味は何となく分かったが、さっきの話となんの関係があるのかは分からない。

A:「重要なのはその『第三者』が決して具体的ではなく、あくまで『友達』というステータスしか持っていない事だ。」

俺:「はあ・・・」

未だに話の着地点が見えてこず、曖昧な返事しか出来なかった。

A:「知ってるかな、人が人の事を口に出した時に言葉に宿る、思念というか、思いみたいなのって、結構強いんだ。噂されるとくしゃみが出るなんて言うだろ。まあそんな物はただの迷信だけど、昔からそんな漠然とした認識は根付いているらしい。」

A:「だけど」

Aはコーヒーを一口啜ってから続けた。

A:「この『友達』の話の場合は、そう言った思いの行き先が無いんだ。大勢の人が口にしたその誰でもない誰かへの思念は、行き着く先もなく、この世を漂い続けている。」

少し、嫌な感じがした。

A:「こういう人が多い所だと、あまりにもそういう思念が沢山あるもんだから、たまに集まって、形を持っちゃう事があるみたいなんだ。」

Aは少しだけ微笑みながら続けた。

A:「そういう、形を持った思念の塊は、意思を持ってるのかどうかも分からないまま、ただ人の形をして、漂うように街を歩いているんだ。まあそんなに沢山じゃない、そこの通りくらいの人数だと、十数人が限度だと思う。」

ゾクっとした。
さっきまで歩いていた街を見る。
もうそこが、人の世界には見えなくなっていた。

A:「たまにさ」

Aがまた口を開く。

A:「人混みを歩いてて、誰かと目が合うことがあるよね。そういう時たまに相手が、何か気づいたみたいな顔をする事がない?まるで知り合いに会った時みたいな。別に知り合いでもないのに。」

少しだけ、思い当たる節がある。

A:「そういう人って、実は人間じゃない場合が多いんだ。ただ君の『友達』という言葉から生まれた、そういう存在なんだよ」

Aはそう言って、コーヒーを飲み干した。
気味の悪い話だ、と思った。
こいつの話にはいつもなんの根拠もない。

A:「じゃあ、出ようか」

そう言って席を立つAに続いて、俺は喫茶店を出た。
なんの根拠も無いはずなのに慣れたはずの人混みを、もう俺は顔を上げて歩く事が出来なかった。