知り合いの話。

山奥で測量をしていると、大きな屋敷に出くわした。

『何でこんな場所にこんな建物があるんだ?』

不思議に思って見ているうちに、なぜか無性に中に入りたくなった。

「御免下さい」と声をかけたが、誰も居る気配は感じられない。
よく見るとそこ彼処が少し傷んでいるようだ。
廃屋なのかな?
土足も躊躇われたので、靴を脱いで揃えると、家の中を歩き始めた。

手近な障子を開けてみる。
大きな和室だ。
二十畳近くもあるだろうか。
部屋の中央には黒い長机が置かれていて、上には膳の用意がしてあった。

十人分に近い数。
湯気が見て取れる。

慌てて玄関に駆け戻ると「失礼しました!」と中に叫んでから飛び出した。

事務所に帰って落ち着いて考えてみると、どうにも腑に落ちない。
あんな獣道もないような山奥に人が住んでいるなんて、聞いたことがない。
屋敷内も汚れてこそないが少し荒れていて、人の住んでいる感じもしなかった。
でも、食事は暖かかったんだよなぁ。

同僚にこの話をしていたところ、一番古参の者が驚いた顔をした。

「お前“御屋敷”を見つけたのか?食事が用意されていたんだな?手付かずで?・・・良かったなぁ。タイミングがずれてたら、膳の上に並べられていたのはお前だったぞ」

詳しく聞いてみると、こんなことを教えてくれた。

「あの山奥に住んでる主一族の家らしくてな。ただ単に“御屋敷”とだけ呼ばれてるよ。皿の上に料理があれば無事に出られるが、何もなかったら大事だ。一旦は無事に帰れるそうだが、その夜のうちに消えて居なくなるんだと。主にさらわれて料理されてしまうって話だ」

「まぁ、俺も爺さんに聞かされた話だし、爺さんもそのまた爺さんに聞かされたって言ってたからな。この辺りに伝わる昔話みたいなもんだと思ってた。・・・本当に出くわす奴がいるとはなぁ・・・」

後日、別の同僚がそこの現場に行ってみた。

知り合いが見つけた屋敷など、どこにも見つからなかったという。